紙に執着した元雑誌編集者の私が、中国のDXに触れて分かった世界のリアル

Writer 御堂筋 あかり
スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。

 

国内の出版社に勤めること十数年、その間、筆者はひたすら「紙」にこだわり続けるのが仕事だった。

デジタル化はある意味時代の流れ。

おそらく出版は今後、より踏み込んだDXを受け入れることとなるだろう……そう感づいていながらも、筆者は「紙媒体にしかできないことがある」という思いを拠り所として働いてきた。

それはWebメディアに負けたくないという意地であり、雑誌作りという己のなりわいに意味を持たせるための信念である。

 

そんな筆者が退職し、なりゆきで中国生活を始めることとなって感じたのは、スマートフォン一つで大概のことが片付く社会の利便性。

暮らしのさまざまな場面で、まずもって紙が介在しないこの国において、スマホはまさしく現代の神器であり、アプリは暮らしの必需品と言える。

 

むろん言うまでもなく、雑誌・書籍というアナログな手段による情報頒布には独自の価値があり、どれほど世の中が変わろうが一定の需要があるのは間違いない。

だが、社会に数々の利をもたらしている中国のDXに触れるにつけ、アナログからデジタルへという移り変わりの必然性を改めて認識するに至ったわけだ。

 

世の中のさまざまな事象はDXIT化によって合理的かつコストのかからないものへと進化していく。

その潮流に抗おうとするよりは、身を委ねた方がみんな幸せになれるのではないか。

 

このような筆者の考えを皆さまとシェアすべく、本稿では自分の日本在職時代の思い出を振り返りつつ、DXが世の中をより便利なものとしている中国の実例を紹介したい。

 

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情報をわざわざ印刷して伝えるのは非合理?

筆者は中国に移り住むに当たり、全ての蔵書を日本に置いてきた。

こちらに来てからというものの、調べ物で必要な資料や読み返したい書籍などは、全て電子版で買い直し。

さらに、紙の雑誌や書籍には定価以外に置き場所確保の費用が別途かかってくるのだが、これも出費としては小さくない。

 

住んでもいない日本に蔵書用の部屋を借りておかねばならないわけで、それは自分がデジタル移行を拒み続けてきた以上、当然負うべき費用と言える。

業界を離れた今、冷静に考えてみると、情報を紙媒体で伝えるというのはあまりにも大きなコストを伴う行為である。

 

データを印刷所に入稿し、刷ったものを製本してもらい、取次を通じて全国の書店・コンビニにくまなく届ける。

自分が現役末期の頃は、5割売れたら万々歳。

下手すれば実売2割なんていう雑誌もあり、売れなかった分は全て返本となり、断裁に回される。

 

端的に言って環境に優しくない上、しかもそう簡単には儲からない。

それ以前に、電子書籍と言わずともWEBなら即日情報を伝えられるわけで、先に挙げた複雑なプロセスを全てすっ飛ばせてしまう。

 

……ということを理解しつつも、自分は紙にこだわった。

理由付けはさまざまで、紙に刷ったものでないと売上が立たない、広告が取れない、電子版はサービス停止のリスクがある、中古流通や貸し借りができない、紙でないと内容が頭に入らないという人は一定数いる……等々。

しかし、それは出版社側の都合だったり、いずれは解決されるであろう問題だったりする。

電子版なら、たとえ地球の裏側にいようが全ての蔵書にアクセスできて、たとえ何万冊持っていようがかさばらないという不動の利点を覆すものではない。

 

筆者にとってはコンビニ各社が雑誌売り場を縮小し、部数を取れなくなったことが業界を去るトドメとなったが、そもそも世間でIT化やDXが叫ばれる中、紙に最後まで執着した自分の敗れは必然であったと今は思っている。

 

身の回り半径1メートルで感じる中国DXの力

そんなわけでひたすらDXを拒み続けた自分が、紆余曲折あっていきなり中国で暮らすこととなった。

 

多少無茶でもとにかく社会に実装することを優先し、トラブルはそのつど考える。

誰もがそのようなポリシーを抱いているとしか考えられないほどITの応用が進む中国社会に身を投じ、暮らしのあらゆる場面で驚きに遭遇したわけだ。

 

まず、入国したその日に不動産屋に行って部屋を借りたのだが、契約に当たってハンコどころか書類1枚使わないことに衝撃を受けた。

専用のアプリをインストールし、契約に際しての説明は文字をスクロールして最後にチェック欄をクリックするだけ。

 

まるでアプリサービスか何かの使用承諾といった趣きで、さすがに自分は気合いを入れて膨大な漢字の羅列に目を通したけれども、さっと流せばそれこそ10分で契約が済んでしまうだろう。

それでいいのかといえば、読み飛ばして部屋を借りた挙げ句、後でトラブル発生というケースも当然あるには違いない。

だが、日本なら半日がかりということもおかしくない部屋探しが、スマホひとつでできてしまう利便性を考えると、明らかに利が上回ると筆者は感じた。

 

また、中国のメッセンジャーアプリ「微信」(ウィチャット)の利用に関しても、予想の斜め上をいく実態に直面した。

これはコミュニケーションツールであると同時にモバイル決裁にも欠かせない上、出前の注文から宅配便の依頼、チケット予約や光熱費の支払いなどにも使えるオールインワンの万能アプリ。

それ自体実に便利なものだが、中国の人々は持ち前の合理精神を発揮して、この新時代のツールをフル活用する。

 

例えば、筆者が「それってアリなのか」と思ったのは、宿題の提出で微信利用を求められたこと。

移住前の短い期間、自分は中国の某大学に言語留学をしていたのだけども、読み書きはメッセージ、口語は音声で課題を送るのが日課だった。

最初は先生の手抜きとも感じられたが、一度慣れるとその便利さから離れられない。

発音が悪ければ先生が正しい読みを音声で送ってくれて何度でも聞き返せるし、読み書きも間違えた部分を聞く上でメッセージのやり取りがあり、それが宿題以上に中国語の勉強になる。

 

ちなみに、後に新型コロナが発生してからは、街中で自分の子どもが運動している姿を撮影する親御さんに出くわすことがしばしばあった。

自分はてっきり記念撮影か何かだと思っていたら、中国人の友人に「あれはコロナで休校中だから、体育の授業の宿題で映像を送らないといけないのよ」と言われてしまった。

いろいろな意味で「そこまでやるか」と思ったものだが、これも一応は教育面における情報技術の実用例。

日本が真似すべきかどうかは別としても、その思考の柔軟性は注目に値すると自分は考えている。

 

ITにより生まれたツールを暮らしの中でいかに活かすか

さて、そのように社会全体で猛烈にDXが進む中国ではあるが、本テーマの出発点である書籍に関して言うと、実はそれほど電子化が盛んなわけではない*1

と言うよりも、すでに情報伝達やエンターテイメントの中心はショートムービー・ライブ配信といったプラットフォームに移っているのが現状だ。

 

中国の人々はそれまでオフラインで成り立っていたあらゆるジャンルに、大胆なまでにITを持ち込んだ。

例を挙げると、中国で今も盛んに行われているお見合い。

ライブ配信機能のあるSNSアプリを開き、検索をかければそこにはまず間違いなく、朝から晩までひたすら男女の仲を取り持つ「紅娘」(中国語で「仲人」の意)のアカウントがある。

 

形式はさまざまだが、一般的には視聴者が飛び入り参加できる交流広場といったところで、名乗りをあげずとも赤の他人のお見合いをただ眺めていることもできる。

言うなれば、いつでも乱入可能なお見合い番組といったところ。

実績と実力のある仲人は成功報酬に加え、視聴者からの投げ銭収入もあり、しっかりマネタイズができている。

 

また、中国にあまたある私設慈善団体の募金活動も、オンライン方式への移行が進んでいる。

これは本来、スマホ決裁が普及しすぎて誰も小銭を持たなくなり、街頭での浄財集めに支障が生じたのが一つの契機。

だがそれ以上に、街の広場などで歌を披露したり、窮状を訴えたりして観衆から集められる金額には限りがあるが、ライブ配信を使えば14億の人民に支援を求められるーーこの点に人々が気付いたことが何よりも大きい。

 

このような事象を目にするたびに筆者が感じるのは、中国においては社会実装型のDXが進んでいるのみならず、その中で生まれた新たなサービスやツールをいかに活かすかということについて、人々の思考が果てしなく柔軟であるということだ。

かつて編集者を志し、社会に出てその夢を叶えたはいいが、すでに出版業界は斜陽の時代。

それでも紙にこだわり続けた自分は一体何だったのだろうかと、返す返すも思ってしまうのである。

 

まとめると、生活上のあらゆることがスマホ中心に回る中国社会、そのダイナミズムを支えているのは何も技術革新だけではない。

そこには「便利は正義」とばかりにIT化を進んで受け入れる人々のメンタリティー、そして固定観念にとらわれることなく活かし方を考えようとする姿勢がある。

 

日本は成熟した社会であり、今のままでも十分便利で、あえて変えようとするモチベーションが弱いのは確か。

その一方、スマホ決裁にしても利便性なら圧倒的に中国優位だが、こちらではある日突然利用額に上限が設けられたり、買い物履歴が当局に筒抜けになっていたりと、多少どころか非常に大きな問題あることも事実である。

 

良い面は学び、おかしな点はおかしいとはっきり指摘する。

中国のデジタル化を是々非々の心で観察し、自国におけるDX推進に活かすことこそ、われわれが取るべき姿勢なのではなかろうかーー

 

これがアナログ論者からIT信奉者へと内なる転向を終えた自分の考えである。

 

資料一覧

*1 HON.jp「中国電子出版事情――巨大な市場規模、だが電子書籍ビジネスはこれから」
https://hon.jp/news/1.0/0/31852

 

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