中国の起業熱を後押しする中華EC そのダイナミズムは本物?偽物?

Writer 御堂筋 あかり
スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。

 

日本政府が策定を進めるスタートアップ育成の「五カ年計画」に、起業家精神教育の裾野を広げる方針が明記されるという。

報道によれば、「起業した学生などによる小中高生向けのセミナーや出前講座の実施を支援することなどを想定している」*1とのことで、ネット界隈には小中高生にセミナーはいかがなものかという批判もあれば、これが今の潮流とする声もあるなど賛否両論。

 

だが、中国で暮らす筆者が一報を聞いて感じたのは、「日本ではそれをわざわざ教える必要があるのか」ということだ。

 

かつて筆者がコンサルティング事業に携わる方に話を伺った際、

「会社を立ち上げること自体は難しくなく、問題はビジネスモデルを確立して利益を上げ続けられるかどうか」

という言葉を聞いたことがある。

それは確かにその通り、というか言うまでもないことなのだが、多くの日本人にとっては会社という自らを守るバリアを捨てる決断を下すことが、そもそも難しい。

 

また、起業する者が才気に満ちていて、どれほど準備万端であろうと、100%の成功が保障されるわけでは決してない。

利益が上がるか、はたまた会社として存続できるかどうかを考え抜き、一定の目算を持てたとしても、独立はやはり勇気のいることなのである。

 

ところが中国の人々は一般的に、そこでためらうことが少ない。

中国人は誰もが、というのは言いすぎだが、その多くが「老板」(社長)になることを夢見る人々。

起業家精神など教えずとも、大概の人が自然と身に付けているものだ。

 

そんな中国における脱サラの第一歩といえば、かつては飲食店であったり、地方によっては屋台を引くことだった。

しかし現在は、EC産業の成長やさまざまなプラットフォームの誕生によって、賃金に頼らない生き方のための初期コストはさらに低下しているのである。

僻地で暮らす若者がスマホひとつでビジネスの世界に乗り出し、14億市場にアクセスするーー


そんなチャイナドリームが続々生まれる中華ECのダイナミズムについて、本稿では分析を加えてみたい。

(画像:筆者撮影)

かつての年収が月収となる可能性を秘める中華EC

中国人とはおしなべて天性の商人たる気質を持つ。

また、機を見るに敏で、時流を読むことに長けており、ひとたび不利を悟ったらなりふり構わず身を引く戦略眼も備えている。

 

こういう人たちが華僑としてアジア各地に渡り、現地の商売を牛耳るに至ったのは自然なことで、日本はその数少ない例外のひとつである。

 

さて、中国の人々はなぜそこまでして社長を目指すのかといえば、かの国において雇われの身では大金をつかめないからだ。

近年はITや金融など勤め人でも大きく稼げる業界があるとはいえ、一般的には大手企業のいち社員よりも、下手すれば小さな飲食チェーンの経営者の方が圧倒的に収入が多いという、まさに「鶏口牛後」を地で行く国。

 

大都市でマンションの一室でも買おうと思えば、給料だけでは都市住民でも到底厳しく、ましてや「農民工」(地方からの出稼ぎ労働者)ともなれば夢のまた夢*2

実家が豊かであれば親からの援助が受けられるが(中国には贈与税や相続税が存在しない)、そうでなければ自分で事業を起こし、成り上がるしかない。

そのための舞台のひとつが、2020年のEC小売額約22970億ドルと世界最大を誇る中国のEC市場である*3

 

参入方法はさまざまであり、ECプラットフォームに出店するもよし、ライブコマースで配信者として稼ぐもまたよし。

実際には起業において多くのベンチャーが失敗するのと同様、ECの世界でも失敗したり鳴かず飛ばずであったりはするのだが、リアル店舗から始めるのに比べれば圧倒的に初期投資が少なくすむため、挑戦する者はあとを絶たない。

 

筆者が過去に話を聞いた四川省の少数民族エリアに住むインフルエンサーは、かつて細々と牧畜を営んでいた。

そんな彼の人生を変えたのは、1台のスマホである。

最初は日々の生活をSNSで配信するだけだったが、やがて朴訥としたキャラが受けてフォロワーがたまたま爆増。

そこでライブコマース(ライブ配信で商品を紹介しつつ販売する手法)を始めてキノコや生薬など地元の特産品を売ったところ、大当たりした。

多い時で月収23万元(日本円で約4060万円)という、彼の住む地域としては途方もない高所得者となり、それを見た周囲の知人友人は誰もが本業そっちのけで真似をし始めたという。

 

こうして高原焼けした牧畜民の若者は、コロナ後に中国で活況を見せている農産物ECの成功者となり、かつての年収が月収となったのである。

 

中華ECは「チャイナドリーム」が実現する世界

彼の場合は人柄が受けてECの集客につながったのであり、商品にとりたてて価格の優位性や付加価値があったわけではない。

というか、個人が始めるレベルでは扱う商品で差別化を図るのは難しく、それをカバーするためのさまざまな成功パターンがある。

 

まず一番分かりやすいのは、ビジュアル勝負。

日本には法人営業などさまざまなジャンルでいわゆる「顔採用」があると言われるが、独立心の強い一部の中国の人々からすれば、これはルックスという自らの武器をわざわざ他者のために使っていると映る。

意図的に美男美女を集め、組織的にセールスをやる会社も中国にはごまんとあるとはいえ、そういうところに雇われている人でも相当数のフォロワーが付けば、大抵は独立を考えるものだ。

 

このタイプは商品を抱えずに代理販売、すなわちマージン方式でECに携わる方が多いように感じられるが、そもそも中国のライブ配信は投げ銭システムがあるため、商品を買わずにいきなり金を貢ぐフォロワーもいたりするなど、突き抜けた商魂が感じられる。

 

後はセールスの王道として、トークスキルで勝負する人。

何しろ中国人はしゃべりに長けた国民性で、生半可なレベルでは競争に勝てない。

実際、大物配信者のライブコマースアカウントなどを見ると、「脳の回路が焼き切れるのでは」と心配してしまうほどのマシンガントークに、ただただ圧倒されるばかり。

なぜそこまでできるかといえば、頑張っただけ自分の収入になるからという一点に尽きる。

 

よく、中国の人々は勤勉でないと言う日本人もいるが、それは彼らの多くが他人のために頑張ることに意味を見いださないから。

その反面、やったらやっただけ自分の儲けとなれば、それこそ命を削る勢いで働くのだ。

 

そして、以上のいずれも持たないが、それでも成功を目指す人は、より長い時間を費やす。

SNSに撒き餌用の動画を片っ端から上げまくり、ライブコマースは起きている間ずっとオンラインというスタイルである。

 

そういう人のアカウントを覗くと、販売どころか単なる私生活垂れ流しチャンネルになっていて、スマホの前で洗濯物を畳んだり洗い物に立ったり、下手すれば居眠りを始める配信者もいるほど。

ひと言でいってカオスな世界ではあるが、その有象無象の中から芸能人をしのぐ知名度を持ち、巨額の富を稼ぐ者が生まれる。

 

市場も伸び続けていて、三井物産戦略研究所のレポートには、「中国のライブコマース市場規模は2020年末までに2019年の倍の9000億元となり、ネット通販小売総額に占める比率も2019年の5%から2020年末に約1割、2021年に15%へ拡大する」との観測が上げられていた。*4

となれば、「コツコツ会社勤めをしている場合ではない」と考え、チャイナドリームを追う人が殺到するのは中国人の気質から見て明らかなのである。

 

(画像:筆者撮影)

 

成長の可能性を理解していればこそ人々はECビジネスに参加する

さて、ここまでお読みいただいた方は当然、「そんなカオスなところで物を買って大丈夫なのか」との疑問を抱くはず。

 

正直に言えば、マトモに見えるEC店舗やライブコマースの配信者から買った場合でも、トラブルはつきものだ。

それでも評価システムの導入や悪質な売り手の排除といったプラットフォーマーの努力により、かつてに比べて実用に耐えるものとなった。

 

上海でヘルスケア関係の事業を営む筆者の親友は、共同購入に強みを持つ大手ECプラットフォーム「拼多多」(ピンドォードォー)について、次のように語ったことがある。

 

78年前は本当にひどかったんだよ、写真詐欺は当たり前で、何を買ってもゴミみたいな物が届く最低なプラットフォームだったから、ウチは出店しなかった。ところが今回、上海ロックダウンで共同購入をしないと生活必需品が手に入らなくなってしまって。かつて嫌ってた『拼多多』を使うことになったわけなんだけど、品物はちゃんとしていたし、対応も丁寧で早くなっていた。というか、そもそもこれがなかったらライフラインを絶たれてた。いずれにせよ同じプラットフォームとは思えない変わり方で、こっちのEC企業が洗練されてきた象徴的な例だと思ってる」

 

また、物流が整ってきたことも、中華ECの成長を後押ししている。

 

アプリによる追跡はかなり正確で、発送元が同じ市内であれば翌日届くこともあるし、遠方からでも日本ほどではないとはいえ、さほど時間もかからない。

小包に思いっきり投げた形跡があったり、誰かに踏まれた足跡がついていたりするのを我慢できれば、便利なことに変わりはない。

 

そして、テナント代や販売員のコストが乗っていない分、値段も店舗より安いケースが多い。

人混みをかき分けるように出かけなくても、スマホひとつで買い物が済む上、メリットが多いとなれば一度慣れたらもうEC離れは考えられない。

 

新たに参入を考えている人々は、自らも消費者としてその思いを共有しているからこそ、可能性を信じて一歩を踏み出すのである。

たびたび中国経済崩壊説が叫ばれ、実際コロナ絡みで景気悪化が進む昨今。

それでも何となく持ちこたえている要因として、中華ECの存在と人々の起業熱が大きな役割を果たしていることは間違いなさそうだ。

 

それに引き換え、われらが日本の現状はどうか。

筆者自身、島国根性が骨の髄まで染み付いた日本人であり、一度も起業経験などないためえらそうなことは言えないことは重々承知の上。

それでもあえて声を上げれば、多少どころかかなり乱暴でも前へと進もうとする中国の人々に比べ、われわれ日本人はリスクを取ることを恐れすぎるのではなかろうか。

人間、持って生まれた性向はそう簡単に変わるものではなく、むろん国民性とて一朝一夕で改められるはずもない。

だが、日々ギラギラした中国人と付き合っている自分に言わせれば、このままではEC産業や起業における日中の差はますます開く一方だ。

中国という巨大なパワーに飲み込まれないために、日本人は今こそ強引にでも起業魂に火をつける必要がある。

その意味では、小中高から始める起業セミナーというのもまた、ひとつの処方箋と言えるのかもしれない。

もっとも、大いに反作用を引き起こす劇薬である可能性も、否定できないがーー。

 

資料一覧

*1 読売新聞「『起業家精神』教育、小中高で強化新興企業育成『5か年計画』に明記へ」
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20220528-OYT1T50212/

*2 東洋経済「中国に衝撃『月収1.5万円が6億人』の貧しさ」
https://toyokeizai.net/articles/-/357314?page=1

*3 ジェトロ「中国EC市場と活用方法」p.1
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/0f325ff0aaf3c1b8/20210012.pdf 

*4 三井物産戦略研究所「拡⼤する中国のライブコマース市場」 p.1
https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2020/12/10/2012c_takahashi.pdf

 

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