「カスタマーサクセス」を制するものがBtoBを制する アフターコロナに必要な顧客との関係

Writer 清水 沙矢香
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。


BtoCのみならずBtoBビジネスを進める中で、「カスタマーサクセス」という言葉が徐々に浸透しつつあります。
従来からある「CX(=顧客体験)」の一歩先を行くもので、「カスタマーサクセス」とは文字通り「顧客の成功(体験)」を指します。SaaSを皮切りにビジネスのサブスクリプション化が進む中、売り手と顧客の関係もまた変化しなければならない時期に来ています。

Salesforce急成長の陰にあった「悪循環」

米Salesforceは創業以降、類を見ない急成長を果たした企業です。2004年には創業5年目にしてIPO(株式の新規上場)を果たし、下半期には契約率が88%増になるなど状況は上向いていました。

2年前には6000社もなかったCRM(顧客情報を一元化し、それに適切なアプローチを提案するための顧客関係管理ソフト)の顧客数は2万社近くに伸び、2004年に5億ドルだった時価総額は2005年末までに4倍になる見込みでもありました*1。あらゆる数字が右肩上がりだったのです。

しかし、この頃、Salesforceのビジネスモデルが「悪循環」に陥っていることに気づいていた人物がいます。Oracle出身のデビッド・デンプシー氏、契約更新の責任者だった人物です。

一体どういうことでしょうか。

 

デンプシーが他の幹部に伝えたメッセージは、朗報ではない。要点は簡潔で率直だった。外部からどう見えていようと、事業としてのセールスフォースは悪循環にはまっている。実績の伸長や驚異的な成長の陰で、この企業には根本的な欠陥があり、現在の道をそのまま進んでいけば、その先は破滅だった

<引用:ニック・メータ他「カスタマーサクセス」 英治出版 p23>

 

デンプシーは、Salesforceのビジネスモデルの中に何を見出していたのでしょうか。

 

犯人を一言で表すなら、チャーン(churn:解約、離脱)だ。顧客がこれからは顧客を続けないと決める。定期収益ビジネスにおいて顧客が十分な満足を得られなくなった。

(中略)当時、セールスフォースのチャーンレート(解約率)は8%だった。悪くないように見えるが、実はこの数字は月当たりのものだ。興味があれば計算してみてほしい。毎年、顧客のほぼ全員がいなくなることがわかるだろう。

<引用:ニック・メータ他「カスタマーサクセス」 英治出版 p23-24>

 

単純計算すると、ある月に顧客が100社あったとしましょう。これが翌月には92社になり、その翌月には約85社になり、さらに翌月には約78社になっていく、という具合です。

 

SaaS時代の「売り手と顧客の立場逆転」

SalesforceはSaaS企業の代表格であり、SaaSというビジネスモデルの先駆者とも言える存在です。

それまでのように、顧客がソフトウェアを「購入」し自分のパソコンにインストールするのではなく、ベンダーが提供するソフトウエアの「機能」のみをネットワークを介して顧客が利用できる、という形です。

顧客からすれば初期費用が安くて済むというメリットがありますが、ベンダーにとってはひとつの恐怖も伴います。

SaaSは裏を返せば、顧客がいつでも「顧客であることをやめる」ことができるのです。SaaSにおいては、ほとんどの製品において選択権は顧客側に完全に移ってしまったのです。

 

2万件の顧客において、セールスフォースは必須の存在であると同時に、あればいいという存在でもあった。これは、新たな市場(当時はCRM)では必ず直面する状況である。SaaSの更新について肝心なのは、契約更新しないという決定権は顧客にあり、実際に更新が打ち切られる割合もメンテナンス更新の割合に比べるとはるかに高いということだ。

<引用:ニック・メータ他「カスタマーサクセス」 英治出版 p23>

 

顧客にとっては初期費用が安い分、他に良いサービスがあればすぐに乗り換えやすいという利便性も存在してしまうのです。

 

「SaaS」時代に必須の「カスタマーサクセス」とは

こうした現象はSaaSに限ったことではありません。多くの業種で「売り切り型」ビジネスから「サブスクリプション」ビジネスへの移行が進む中、「更新しない決定権」は顧客にあるのです。むしろ、いつでもやめられる、ということがウリにすらなってしまう時代です。

悪循環に気づいたSalesforceが導入したのが、「カスタマーサクセス」の概念です。そして、顧客の成功体験は「ロイヤルティを満たす」ことにあるという考えにあります。ロイヤルティには「行動ロイヤルティ」と「心理ロイヤルティ」とがあります。

行動ロイヤルティとは

行動ロイヤルティとは、行動面で顧客に利便性がもたらされ、そのブランドの製品を購入するというものです。しかしこれは、ECの台頭で「わざわざ遠くまで出かけなくても商品が手に入る」ことが当たり前になっている現代では、他社とそう大きな差別化をはかることは難しいと言えます。SaaSをはじめとするサブスクリプションビジネスにおいては、BtoC、Bかかわらず同じことが言えるでしょう。

心理ロイヤルティとは

よってサブスク型のビジネスにおいて重要なのは、顧客の心理ロイヤルティを満たすことです。その製品を使い続けることで顧客がいかに心理的に満たされ、ブランド自体のファンになるかどうかというものです。具体的には、以下のようなものがあります。

娘が高校を卒業したとき、ノートパソコンが必要になった。デルの方が機能は優れていて値段も安かったにもかかわらず、娘はMacを買うと言って聞かなかった。Macを選ぶ根拠となる情報として、スピードも機能も品質も一切挙げられなかったが、気持ちだけが決まっていたのだ。今も理由はわからない(娘はMacを手に入れたが)。

(中略)

しかし、この現象を何と呼べばいいかはわかる。心理ロイヤルティだ。いや、娘の場合は、感情ロイヤルティと呼んだ方が適切かもしれない。

<引用:「カスタマーサクセス」ニック・メータ他 英治出版 p26-27>

Apple製品については、新しい商品が発売されるごとに各地のアップルストアに早朝から長蛇の列ができる様子がよくみられます。これは「心理ロイヤルティ」がなせる技です。行列を作る人たちは個別の製品のファンというよりもAppleというブランドのファンであり、彼らにとってはAppleの最新製品を所有することが「成功体験」なのです。

 

ベンダーはコンサルタントたれ

カスタマーサクセス=顧客の成功体験について考えなければならないのは、これまでの売り切り型のビジネスモデルと違い、顧客の成功は商品を手に入れた段階だけに起きるわけではない、ということです。

長期的な視線が必要なのです。

売り切り型のビジネスでは、顧客と企業のその後の関係は「問い合わせに答える」「故障時に対応する」という接点しかありませんでした。しかし、サブスク型のビジネスでは、企業が望めば顧客との接点を必要なときに持つことができます。また、顧客からベンダーにアクセスしたいという時に、リアルタイムで顧客に必要な情報を提供するという形を築くことも可能です。

長期的に顧客と関わるサブスク型のビジネスモデルは、顧客に「商品を提供する」だけでなく「顧客の伴走者になる」という視点が必要です。自社製品の一方的な宣伝だけでなく、「その顧客は自社製品で何ができるか」を具体的に示し、その後の顧客の成長にも関与しつづける。サブスク提供者は、同時にコンサルタントでもなければならないのです。

また、最後に「1:5の法則」と「5:25の法則」について紹介します。1:5の法則とは、新規顧客を獲得するコストは、既存顧客の維持するコストに比べて5倍かかるというものです。5:25の法則とは、顧客離れを5%改善すれば利益が25%以上改善するというものです。

製品提供者にとっても、顧客との長期的な関係維持が重要なのは言うまでもありません。

 

*1 ニック・メータ他「カスタマーサクセス」 英治出版 p20より

 

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