人的資本の情報開示に必要な項目や対応は? ガイドラインや開示例も紹介

2023年3月期から大手企業を対象に人的資本の情報開示が義務化されました。適切に開示することで企業に大きなメリットをもたらすため、企業の規模にかかわらず取り組むべき課題です。この記事では人的資本の情報開示について概要を示し、期待できるメリットを解説します。開示が必要な項目や開示の手順などについても紹介します。

人的資本の情報開示にむけて「組織エンゲージメント」について今一度みなおしませんか?

「人的資本」の情報開示にむけて、今一度見直すべきポイントである「組織エンゲージメント」という気ワードについて詳しく認識でていますか?このeBookでは、働き方や仕事における価値観が変化している昨今において、従業員が自身の日々の仕事に満足できるような体験を提供することで、組織エンゲージメントを高める方法について丁寧に解説しています。

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人的資本の開示とは

人的資本とは、お金ではなく人に着目し、自社に所属している人材の能力を企業が事業活動を行うための源泉として捉える考え方です。人的資本の開示とは、自社の人材が保有する能力をさまざまなデータや指標を用いて公表することを指します。 人材への投資は短期的な視点では、お金をかけた割にすぐには利益を得られないので、費用対効果のない無駄な投資に見えるかもしれません。 しかし、人的資本を大事にして人材に積極的な投資を行える企業は、将来を見通す力があり、イノベーションによって中長期的に企業価値を向上させる大きな可能性を秘めています。人的資本に関する情報はステークホルダー、特に投資家にとって、その企業が今後成長するかどうかを見極める重要な情報です。したがって、人的資本の情報はできるだけわかりやすく開示することで、企業が得られるメリットも大きくなります。

人的資本と人的資源の違い

人的資本に似た言葉に人的資源がありますが、両者の違いは人材というものの捉え方にあります。 人的資源では人材を「消費する資源」として捉えるため、人材を人的資源と考えた場合に重要になるのは、どうすれば効率よく消費できるかです。これに対して人的資本は、人材を「投資で価値が変化する資本」として捉えるため、投資を行って従業員の能力が伸びれば伸びるほど、生じる価値が大きくなると考えます。 したがって、人的資源の考え方では人材にかかる費用はコストとして位置づけられますが、人的資本の考え方では人材にかかる費用は人材の価値を上げて企業の成長を押し上げる投資として位置づけられます。

人的資本経営とは

人的資本経営とは、「人材は適切な投資で価値が上がっていく大事な資本である」という考え方にもとづいて経営を進める経営手法です。人的資本経営では、短期的な利益よりも中長期的な利益を大事にします。長い目で見て企業の競争力を上げていくためには、将来を見据えて従業員への投資を行うことが欠かせません。 たとえば、従業員が気持ちよく働けて、より生産性の上がる職場環境を整備したり、従業員が確実にスキルアップしていけるような教育訓練を常に受けられるようにしたりといったことを投資として行います。

人的資本の開示が求められる背景

人的資本の開示が企業にとって重要視されるようになったのには、以下のような事柄が深く関係しています。

無形資産への関心が高まっている

従来、企業の市場価値をはかる際の物差しと言えば、資本金や株式、自社所有の不動産や設備といった有形資産が主でした。しかし、企業の市場価値を決める要素は有形資産だけではありません。有形資産以外にも、知的財産や人的資本、データなどの無形資産が多数あります。 企業の市場価値を要因分析すると、欧米の大企業では有形資産よりも無形資産の割合が高くなっています。日本企業の課題は、市場価値を生む要因に占める無形資産の割合が、ほかの先進国企業などと比べて相対的に低いことです。今後、日本企業が国際的な競争で勝ち残っていくためには、無形資産の比率を上げて企業の存在感を高めていかなければなりません。特に研究開発力や知的財産など人的資本に関係するものは、企業の存在感や競争力に直結するので、人的資本に代表される無形資産への注目が集まっています。

参照:経済産業省|第3節 無形資産と経済成長

ESG投資が注目されている

環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)への取り組みに注目して投資先を選ぶ投資は、それぞれを表す英語の頭文字からESG投資と呼ばれています。世界中でこのESG投資に対する関心が高まっていることも、人的資本が注目される要因のひとつです。 ESG投資で投資家が欲しがる情報のなかには、労働環境の整備や女性活躍の状況、地域貢献など、社会問題に企業がどのように対応しているのかといった情報も含まれます。これが人的資本の開示が求められる理由のひとつになっています。

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「ESG投資とは?メリット・デメリット、銘柄選びのコツや日本の現状など」

欧米の流れが影響している

地球環境問題やサステナビリティへの関心が高い欧米では、日本に先行して人的資本の情報開示が進んでいます。 日本やアメリカよりもESG投資のブーム到来が早かったヨーロッパでは、2014年に欧州委員会が非財務情報開示指令を出し、一定の規模を超える企業に対して社員・従業員を含めた情報の開示を義務付けました。さらに、2024会計年度からは非財務情報開示指令をパワーアップさせた企業サステナビリティ報告指令が適用され、環境・社会・企業統治を含むサステナビリティ関連事項の報告が拡大・強化されます。
アメリカでは2020年に、ニューヨーク証券取引委員会がレギュレーションS-Kを改定し、上場企業に対して人的資本の開示義務化が始まりました。 このように欧米で人的資本開示が義務化され、当たり前のことになっている流れは日本にも波及し、日本でも情報開示の重要性が声高に叫ばれるようになりました。

人的資本を開示するメリット

人的資本の情報開示には相応の労力がかかり、企業にとって大きな負担と感じるかもしれません。しかし、人的資本の開示には以下に示すように、企業の規模にかかわらず導入すれば大きなメリットがあります。現時点では人的資本の開示が義務化されていない中小企業も、開示に積極的に取り組むことで中長期的に自社を飛躍させることが可能です。

戦略の方向性が明確化する

メリットのひとつは、経営戦略や人材戦略の方向性が明らかになることです。 人的資本を開示する際には、自社のことをあまり知らない社外の人に対して、自社の戦略や現状を知らせて魅力的な企業だと感じてもらえるように、適切な資料を作成しなければなりません。その資料作りのプロセスで、自社の人的資本が組織にどのような影響や効果を与えているのかを客観的に分析し、可視化することになります。その結果、自社の現状が判明し、それを社内全体で共有できます。
また、開示予定の人的資本に関する情報整理を従業員が担うことで、自社の経営戦略や人材戦略を従業員が把握する好機にもなります。それを企業全体の競争力アップにつなげていければ一石二鳥です。 自社の現状をしっかり把握できれば、事業を革新して成長を遂げるにはどのような経営戦略をとるのが望ましいのか方向性が明確になり、より効果的な戦略の立案につなげられます。たとえば、現時点での人材の状況を把握し、各人のスキルレベルを確認した上で中長期的な人材の育成計画を立てたり、人材の配置計画を見直したりすることが可能です。

投資家から高い評価を得られる

投資家から高い評価を得られることも、開示を行う大きなメリットです。 企業の価値を判断する材料として、人的資本を含む無形資産を重要視する投資家が世界中で増加しており、多くの投資家がサステナビリティ経営を行う企業を投資先として選択しています。このような投資家が投資先を選ぶ際に注視するポイントは、企業が持続可能な成長を実現するために不可欠な人的資本への投資を十分に行っているかどうか、中長期的な経営戦略や人材戦略を見て期待が持てるかどうかです。 したがって、人的資本への投資を適切に行っている企業であれば、人的資本の情報を開示することで、投資家から高い評価を得られやすくなります。投資家からの評価が高まれば、社会的な信用も高まり、資金調達などの面でも有利になるはずです。 また、開示した情報を株主や投資家と共有して意見交換に利用でき、そこで吸い上げた意見を活用して自社の経営戦略に反映することで、自社の成長につなげることもできます。

人的情報開示の義務化はいつから?

日本では2021 年改訂のコーポレートガバナンス・コードで、人的資本に関する記載がありました。そして2023年3月期から「企業内容等の開示に関する内閣府令」などを根拠に、一定の要件を満たす企業を対象にした人的情報開示の義務化が始まっています。 開示が求められるのは、人材の多様性を念頭に置いた人材育成や社内環境整備の方針などの情報です。男女の賃金差など、性別による格差が生まれやすい事項の記載も求められています。

人的情報開示の対象となる企業

人的資本の情報開示義務があるのは、金融商品取引法第24条で規定される「有価証券の発行者である企業」です。該当する対象企業は約4,000社あり、そのほとんどは証券取引所で株式の売買が可能な大手の企業です。人的情報開示義務のある企業は、各事業年度終了後3か月以内に提出する有価証券報告書のなかで開示義務を果たさなければなりません。 金融商品取引法には有価証券報告書がらみで企業が不正を働かないように、重い罰則規定が設けられています。有価証券報告書の提出を怠ったり、虚偽の記載を行ったりすると、懲役刑や罰金刑が科せられたり、課徴金の対象となったりする可能性があるので注意しましょう。

日本における人的資本開示の動向

人的資本開示について世界の国々のなかで遅れを取っている日本ですが、その遅れを取り戻そうと日本でもさまざまな動きがみられます。代表的な動向を以下に紹介します。

「人材版伊藤レポート」が公開される

日本の動向としてまず注目すべきなのは、2020年9月に経済産業省が公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」です。この報告書には、研究会の座長が伊藤邦雄氏だったことから、「人材版伊藤レポート」という通称がついています。
同レポートは、企業を取り巻く環境が目まぐるしく変わっていくなかで、企業がさまざまな変化に対応して企業価値を中長期的に上げ続けていくために、人材戦略の構築に関する議論を重ねた結果をまとめたレポートです。企業の経営陣や取締役会などが、人的資本経営の方向性を決める際に参考にすることを想定して書かれました。持続的に企業価値を上げるにはどのような方向性で変革を行えばよいか、人材戦略で重要となる視点と要素などが書かれているので、これを読めば人的資本経営を進める上でのポイントがわかります。 そして2022年5月には「人材版伊藤レポート」の内容をふまえ、より実践的な人材戦略のアイデア集として作成された「人材版伊藤レポート2.0」が公開されました。自社で人的資本経営に関する戦略を練る際には、2つのレポートを参照しながら進めると効果的です。

経済産業省「非財務情報の開示指針研究会」が始まる

人材版伊藤レポートの初版公開後、経済産業省が2021年6月に設置したのが「非財務情報の開示指針研究会」です。この研究会が設置された理由は主に2つあります。
ひとつは、ステークホルダーが企業に求める情報として、非財務情報やサステナビリティ関連情報の重要度が上がったことです。 もうひとつは、世界の国々が次々と非財務情報の開示基準を策定し、国際的な基準の方向性が決まりつつあるなか、日本としての考え方や問題意識の発信を通じ、日本も基準の設定に関与できるように国内の指針を整備する必要があるからです。
そこで同研究会では、非財務情報の具体的な開示の方針や用いる指標などについて意見を出し合い、質の高い情報開示基準を設定するにはどうするべきかといったことについて議論を重ねています。また、非財務情報のなかから個別分野として「人的資本」と「気候変動」を検討すべきテーマとして選定し、議論を深めています。

内閣官房「非財務情報可視化研究会」が始まる

2022年2月には内閣官房内で、非財務情報に関する価値をわかりやすく評価する方法を検討し、企業経営の参考となる指針をまとめることを目的に「非財務情報可視化研究会」が発足しました。同研究会では諸外国における非財務情報の開示基準・枠組みとの整合性を意識しながら、国内における開示ルールについて議論し、指針の作成を進めました。

人的資本開示ルールが公表される

「非財務情報可視化研究会」の発足から約半年が経過した2022年8月には、同研究会が策定した「人的資本可視化指針」が公表されました。同指針は企業が人的情報開示を行う際のガイドラインとなるものであり、効果的な情報開示に関する考え方や具体的な準備・対応について示しています。 同指針を「人材版伊藤レポート」および「人材版伊藤レポート2.0」と一緒に活用することで、人的資本への投資とその可視化の相乗効果が一層高まるはずです。同指針では投資家からの評価を高めることを目的とする「企業価値向上」と、リスクアセスメントニーズに応える「リスクマネジメント」の観点から、情報開示が望ましい事項として、後述する7分野19項目を提示しています。

人的資本開示の7分野19項目

ここからは「人的資本可視化指針」に挙げられた7分野19項目の開示事項を分野ごとにまとめて紹介します。企業価値向上とリスクマネジメントのどちらの観点における開示なのか、説明における明確性を意識しながら確認しましょう。

人材育成分野

投資家からの企業価値評価を高めるために大変重要な分野として認識されているのが、人材育成分野です。人材育成分野は3項目で「育成」のほかには「リーダーシップ」と「スキル・経験」が当てはまります。 開示事項の例としては、人材を確保するための取り組み、社員研修にかけた時間や費用、研修参加率、後継者の育成計画、スキルアップのためのプログラムの種類・対象などがあります。

労働慣行分野

労働慣行分野は、企業価値向上の観点よりもリスクマネジメントの観点の比重が高い分野です。労働慣行分野に該当するのは5項目で「労働慣行」のほか、労働者の団体交渉権に関わる「組合との関係」、人権侵害に関わる「児童労働・強制労働」、労働者の生活や健康に関わる「福利厚生」、差別と関連する「賃金の公正性」が含まれます。 開示事項の例としては、懲戒処分の件数とその種類、業務停止を受けた件数、差別事例の件数、コンプライアンス研修を受けた従業員割合などがあります。

流動性分野

流動性分野は、人材の採用や定着、離職といった人材が流出入する動きに関わります。企業価値向上の観点とリスクマネジメントの観点がどちらも含まれますが、後者の比重がやや高い分野です。流動性分野には人材の「採用」、人材の「維持」、後継者を意味する「サクセッション」の3項目が含まれます。 開示事項の例としては、従業員の定着率、自発的離職率と非自発的離職率、採用にかけたコスト、一定期間における新規採用者数と離職者数、後継者有効率、後継者カバー率などがあります。

多様性分野

多様性(ダイバーシティ)分野は、企業価値向上の観点とリスクマネジメントの観点がどちらも同じくらい重要な分野です。多様性の確保は投資家の関心も非常に高く、優先的な開示が期待されています。多様性分野は3項目で、「ダイバーシティ」のほか、「育児休業」と「非差別」が該当します。 開示事項の例としては、男女間の給与や育児休業取得率の差、育児休業後の復帰率、女性管理職の比率、正社員と非正規社員間の福利厚生の差などがあります。

健康・安全分野

健康・安全分野も、ダイバーシティ分野と同様に、企業価値向上の観点とリスクマネジメントの観点が拮抗する分野です。ステークホルダーは、従業員が安心して働ける環境が整備されているかどうかを判断します。健康・安全分野に該当する3項目には「安全」のほか、「精神的健康」と「身体的健康」が含まれます。 開示事項の例としては、労働災害の発生率、安全衛生に関する研修の受講率、従業員の欠勤率などがあります。

エンゲージメント分野

エンゲージメント分野は、従業員の愛社精神や働く意欲に関わり、企業の生産性に直結するので、企業価値向上の観点の比重がリスクマネジメントの観点よりも高くなる分野です。エンゲージメント分野に該当するのは従業員「エンゲージメント」の1項目です。 開示事項の例としては、従業員満足度やストレス・不満の度合い、企業への共感度などです。従業員の内面に関わるため可視化が難しいと思われやすい分野ですが、従業員に対し、従業員エンゲージメントに関するアンケート調査を実施する方法などで可視化できます。

関連記事:エンゲージメントとは? 重要性や成功事例をご紹介。

コンプライアンス分野

コンプライアンス分野は、リスクマネジメントの観点から非常に重要な分野です。企業が法律を守っているか、倫理観から外れない活動を行っているかといった情報を開示します。コンプライアンス分野に該当するのは「コンプライアンス・倫理」の1項目です。 開示事項の例としては、人権問題や差別事例の件数、コンプライアンス研修の受講率、企業に届いた苦情の件数などがあります。

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人的資本開示の手順

自社でどのような項目を開示すればよいか把握できたら、以下のような手順で情報開示の準備を進めましょう。

計測環境を整備

最初にやるべきことは、社内の人的資本情報を正しく計測し、分析するための環境整備です。間違った情報を開示して社会的な信用を失わないためには、開示する項目に関する正確な情報を収集した上でその情報を整理し、ステークホルダーに理解してもらえるように表現しなければなりません。 集めた情報を数値化して単に羅列してしまうとわかりにくいので、たとえば今年度と前年度を比べて違いを明らかにするというように、過去のデータと比較して情報を整理することが大切です。
計測環境の整備にあたっては、具体的なデータの収集方法や計測方法を検討したり、効果的なツールの導入を検討したりすることが必要です。ツールについては、情報の収集・計測はもちろん、分析や可視化まで一括してできる便利なツールが販売されています。たとえば、従業員エンゲージメントを計測できるエンゲージメントサーベイツール、採用に関する業務を一元管理できる採用管理システム、勤怠管理業務を一元管理できる勤怠管理システムなどがあるので活用しましょう。

目的・KPIを設定

収集した人的資本の情報を参考にして、自社が何のために人的資本開示を行うのか目的や目標を定めましょう。目的や目標の達成度を数値で把握するために、KPI(重要業績評価指標)も設定します。 開示した人的資本情報は、多くの投資家が自社を投資先に選ぶかどうかの判断材料となります。自社の経営に大きな影響を与えることを十分に認識した上で、自社の経営戦略や人材戦略をもとに具体的な目標を設定することが大切です。 情報開示を武器にして人的資本経営を成功させるには、経営戦略と人材戦略に一貫性を持たせた上で、明確な目的や目標と適切なKPIを具体的に定めていくことが大切です。

目的と現状のギャップを埋める

目的や目標を設定したら、理想とする目的や目標と現実との間にどのようなギャップがあるのかよく調べなければなりません。どれほど魅力的な目的や目標を設定しても、現状とのギャップが開いたままでは投資家からの評価は得られず、絵に描いた餅で終わってしまいます。まずは、客観的なデータをもとに比較するなどして、ギャップを可能な限り定量的に把握する必要があります。 具体的にギャップを把握できたら、そのギャップが埋まるような施策を立案して実行に移し、効果が得られたか検証してみましょう。経営戦略や人材戦略を適宜見直し、施策を実施したら、効果を検証して施策を改善し続けることが大切です。そうすることで、ステークホルダーに対する説得力のある開示につながります。

人的資本開示のポイント

人的資本開示は適切に行えば、ステークホルダーの評価が上がって自社にとって大きな利益をもたらす可能性があります。以下の3つのポイントを押さえて、人的資本開示を成功させましょう。

開示すべき情報を可視化する

人的情報開示の義務化対象企業であっても、「人的資本可視化指針」に示された7分野19項目のすべてについて、情報開示を行う必要はありません。どの情報を開示するかは、ある程度企業の裁量に任されています。 人的資本の情報開示を行うそもそもの理由は、企業とステークホルダーが互いに理解を深め、人材の価値を最大限に引き出して企業価値を高めることです。企業が将来にわたって成長し続けるためには、企業の現状を開示情報として株主や投資家に正確に知らせて共有し、一定の理解を得なければなりません。 したがって、株主や投資家が開示した資料を目にしたときに、何を示しているのかわからないということがないように、情報をしっかり整理して可視化した上で、内容が伝わる資料を作成する必要があります。
情報は数値化することで比較しやすくなるので、可能な限りデータを数値化しておくことが重要です。 情報を整理する際には、多種多様な情報の中から自社の優位性を確保できる情報はないか探しつつ、株主や投資家のニーズに応えられるものを選び出すことを意識して作業を進めましょう。開示作業を通じて自社の強みを明確にでき、かつ戦略的な情報開示に役立ちます。 また、離職率や男女間の給与の差など、投資家が企業間比較のために重視する典型的な情報もあります。こうした情報は開示しないこと自体がリスクとなり得るため、他社との比較しやすさも考慮し、投資家の開示ニーズを的確に把握することが大切です。

開示内容に一貫したストーリーを持たせる

開示する内容は企業独自の一貫性が感じられるように、ストーリーを構築することが大切です。すべての情報に自社の企業理念や経営方針を反映させたブレのないストーリー性を持たせることで、より相手に伝わりやすい資料が作成できます。 まずは自社の経営戦略と人材戦略、抱える課題を明確にしましょう。その上で、自社の企業理念から逸脱しないように、経営方針や課題解決のための戦略、具体的な取り組み、施策の実施で得た成果などを、筋を通してまとめ上げます。 特に企業が克服できていない課題については、現状と目的や目標とのギャップを明示した上で、今後予定している取り組みや施策を一貫して丁寧に説明することで、株主や投資家からの理解を得られやすくなるはずです。

戦略的に情報を開示する

情報の開示はやみくもに行わず、ステークホルダーの評価が確実に上がるような戦略をしっかり立てましょう。 株主や投資家は、企業が抱える課題に対してどのような経営戦略や人材戦略を立て、どのような取り組みや施策を実行し、その結果どのような効果が得られたかに興味を持っています。そこで、株主や投資家が知りたい情報が何なのかを分析して把握し、知りたい情報を網羅した資料が提供できるように情報収集などの準備を進めましょう。
開示を行う具体的な内容を決める際には、先述の「人材版伊藤レポート」と「人材版伊藤レポート2.0」をセットで活用するのがおすすめです。資料作成の際には、情報が誤解なく伝わるよう、人的資本への投資効果を論理的に記述すると効果的です。より多くの投資家に投資してもらえるように、自社の強みをアピールする情報を盛り込んで、他社とは違う自社の魅力を伝えることも忘れてはなりません。 また、投資家の評価を上げるために完璧な情報開示ができればそれに越したことはありませんが、最初から完璧を目指すのは現実的ではありません。完璧を求めすぎると、開示の遅れやニーズに沿わない開示事項の選択を招くおそれもあります。情報開示はできるところから少しずつ行い、ステップ・バイ・ステップで進めましょう。その上で、社内外からの意見やフィードバックを参考にして戦略を見直すことで、より効果的な開示につなげられます。

ISO30414とは

人的資本の情報開示には、国際的なガイドラインが存在します。2018年12月に国際標準化機構(ISO)が公表した「ISO30414」です。日本のガイドラインである「人的資本可視化指針」が公表される3年以上前に公表されました。同ガイドラインがカバーするのは11の領域と58の測定指標です。 なお、代表的な開示基準の設立主体は、国際標準化機構のISO30414のほか、世界経済フォーラムの「ステークホルダー資本主義測定指標」、サステナビリティ会計基準審査会の「SASBスタンダード」、グローバル・レポーティング・イニシアティブの「GRIスタンダード」があります。

ISO30414の目的

ISO30414の目的は2つあります。
ひとつは企業や投資家が人的資本の状況を定性的に見るだけでなく、状況を数値化して定量的に把握できるようにすることです。これにより、人的資本への投資が企業の成長に寄与した貢献度の大きさが明確になります。また、数値化されたデータを利用すれば他社との比較を行ったり、自社での経時変化を確認したりする作業がスムーズにできます。
もうひとつの目的は、企業が人的資本の情報を社内で共有するとともに投資家など外部にも開示することで、その企業の長期的な成長を促進することです。人的資本の影響を数値化した結果をもとに経営戦略に沿って人材戦略を見直せば、企業の競争力アップにもつながります。

ISO30414における11領域の指標

ISO30414では以下に示す11の領域を開示する情報として定めています。これを細分化したものが全49項目、さらに細かくした測定指標が58あります。ここでは11の領域に着目し、領域ごとの特徴を紹介します。
1.コンプライアンスと倫理
ビジネス上のルールやコンプライアンスに関する指標です。代表的な例としてクレームの数や種類、懲戒処分の数などがあります。
2.コスト
労働力のコストを測定する指標です。代表的な例として採用コストや人件費などがあります。
3.ダイバーシティ 従業員や経営層の多様性を示す指標です。代表的な例として年齢や性別といった属性別の従業員比率、経営層やチームの多様性などがあります。
4.リーダーシップ
従業員が管理職をどれくらい信頼しているかなどを示す指標です。代表的な例としては、経営陣や管理職に対する信頼度や、管理職1人あたりの部下の数などがあります。
5.組織文化
従業員エンゲージメントや従業員定着率を測定する指標です。代表的な例として従業員満足度などがあります。
6.組織の健康・安全・福祉
労働災害や安全衛生に関連する指標です。代表的な例としては、労働災害の発生件数や安全衛生に関する研修の受講率などがあります。
7.生産性
人的資本がどのくらい生産性や組織パフォーマンスに貢献しているかを示す指標です。代表的な例としては従業員1人あたりの売上高や人的資本ROIなどがあります。人的資本ROIとは人件費に対する利益を測定する指標です。
8.採用、異動、離職
企業内の人事によって適切な人的資本を確保し、活用する能力を示す指標です。代表的な例としては離職率や業務ポジションごとの求職者数などがあります。
9.スキルと能力
人的資本の内容と質を示す指標です。代表的な例としては従業員1人あたりの平均教育時間や能力開発・訓練に要するコストなどがあります。
10.後継者計画
後継者を必要とするポジションで後継者候補の育成がどのくらい進んでいるのかを示す指標です。代表的な例としては後継者育成率などがあります。
11.労働力の可用性
従業員数などの企業内の労働力を示す指標です。代表的な例としてはフルタイムに換算した従業員数や欠勤率などがあります。

まとめ

無形資産やESG投資への関心が高まるなかで、人的資本の情報開示が注目されています。ガイドラインには国内向けの「人的資本可視化指針」や国際規格の「ISO30414」があります。開示に必要な項目の選択は企業に委ねられている部分が大きいため、ガイドラインを参考に自社の戦略に沿った開示項目を選定しましょう。

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