どの企業も考えるべき従業員体験(Employee Experience)の重要性とは?

「従業員体験(Employee Experience)」という言葉を聞いたことはありますか?「顧客体験(Customer Experience)」は聞いたことがあっても、従業員体験は初めて耳にする方もいるのではないでしょうか。ここでは、従業員体験の概要や注目されている理由、そして向上させるための方法などを幅広くご紹介します。企業の人事担当者やチームを率いるマネージャーはもちろん、やがて上司職になっていく方にとっても、業種に関わらず重要なトピックなので、ぜひ一度ご覧になってみてください。

1.従業員体験(Employee Experience)とは?

従業員体験(Employee Experience)とは、「従業員がその企業に所属し、働くことによって得られる経験全般」のことを言います。冒頭で「顧客体験」という言葉を挙げましたが、捉え方は同じ。顧客体験は「顧客が商品やサービスを通じて体験すること全て」であり、商品やサービスの質を高めることはもちろん、商品を購入する前の広告の内容や、購入後のアフターサービスまで、包括的に顧客を満足させることが重要であるとして注目されています。従業員体験も同様で、例えやりがいのある仕事でも、長時間労働が常態化していたり、職場の雰囲気がギスギスしていると、その企業での従業員体験はあまり良いとは言えません。

従業員体験の良し悪しに関係するものとして浮かびやすいのは「給料」や「やりがい」ですが、それ以外にも例えば以下のようなことも意識し、従業員にとってより価値あるものへとアップデートしていく姿勢が大切です。

  • 企業のミッションやパーパス
  • 企業が対外的に発信している内容
  • オフィスの環境
  • 社内研修の内容
  • 職場の人間関係
  • 人事評価の内容
  • 福利厚生の内容

上記のような要因が重なり合って従業員体験を形成するので、従業員体験を向上させるにあたって、「とりあえず給料だけ上げればOK」などと短絡的に考えるのは失敗のもと。より俯瞰的な視点で今の組織のあり方や社員一人ひとりの働き方を見直し、様々な施策を計画的に行っていく姿勢が大切です。

 

2.従業員体験が注目される理由

従業員体験が注目されるようになった理由は主に「労働力が減ってきている」「ワークライフバランスの重要性が高まっている」「企業の様々な情報が手に入りやすくなっている」「リモートワークなど働き方が変わってきている」「より転職・独立しやすくなっている」の5つが挙げられます。一つひとつ見ていきましょう。

労働力が減ってきている

総務省の調査によると、女性の労働力人口の増加によって2010年代前半に比べると労働力人口の総数は増えているものの、2019年で頭打ちに。ここ2年では合計約26万人の減少となっています。さらに、かねて問題になっている少子化・高齢化がこのまま進んでいくと労働力人口の減少はより歯止めがきかなくなってくるのも想像に難くありません。ニッセイ基礎研究所の試算によると、2026年には今からさらに約650万人以上の減少と、より右肩下がりになっていく可能性も示唆されています。こういった背景の中で、今まで以上に社員一人ひとりの価値観を大切にし、高いモチベーションで長く働いてもらえるような会社であることが必要になってきています。

ワークライフバランスの重要性が高まっている

先ほど女性の労働力人口は増加しているとご紹介しましたが、一方で少子化に対策を打たないと長期的な労働力人口の減少トレンドは変わりません。そこで、女性が働きながらも出産や育児をしやすい労働環境を整える必要性が高まり、また、慢性化していた長時間労働や低迷していた有休取得率などの問題も相まって、働く人々のワークライフバランスが重要となってきました。ワークライフバランスとは「生活を充実させることで仕事へのモチベーションなどが上がり、短時間・高パフォーマンスで業務をこなせるようになった結果、プライベートに使える時間もより増えていく、といった好循環を作り出す」こと。好循環になっているかどうかがポイントで、例えば社員一人ひとりの業務内容の見直しをしないで、ただ一律に業務時間を減らしただけでは、会社が知らないところでサービス残業や休日出勤などが発生する可能性があり、それでは好循環にはつながりません。従業員一人ひとりの仕事と生活に好循環を生み出す仕組みづくりは、企業は当然のごとく考えなければならない重要項目なので、ワークライフバランスに大きな影響を及ぼす従業員体験も注目を集めているのです。

企業の様々な情報が手に入りやすくなっている

かつては企業の内部事情は実際に働いてみないとほとんどわかりませんでしたが、今はインターネットやSNSで気になる会社を検索すればすぐに、実際に働いている人や過去に働いていた人のリアルな声を調べられる時代です。実名でなくても発言できるので、ポジティブであれネガティブであれ、会社で体験したことを赤裸々に語っているケースも少なくありません。それらの情報の信憑性はともかく、それぞれの企業の働き方がこれまで以上に世間に広まりやすくなっているので、従業員体験を向上させる必要性が各企業の中でこれまで以上に高まってきています。

リモートワークなど働き方が変わってきている

コロナの影響もあり、近年はリモートワークを導入する企業も増えています。通勤時間がなくなって今までより自分の時間を確保しやすくなったなど、従業員にとってのメリットもある一方で、打ち合わせがオンライン上で済むようになった結果、社員同士が実際に顔を合わせる機会が減り、社内でのコミュニケーションの希薄化に不安や課題感を抱いている企業も少なくないでしょう。社内コミュニケーションの希薄化は従業員の会社に対する帰属意識の低下にもつながりやすく、退職者が増える可能性も高まるので、働き方が変わってきた今こそ、従業員体験のアップデートを図る必要性が出てきています。

より転職しやすくなっている

終身雇用制度ももはや崩壊しつつあり、特に若い世代にとっては、新卒入社後から定年まで一つの会社に在籍し続けることがあまり現実的ではなくなっています。自分のキャリアを企業に委ねるのではなく、自分自身が主体となってキャリアを形成していかなくてはならなくなった現代では、転職は一部の人だけがする特別なことではなく、多くの人が経験する普通のことになってきました。また、ある程度のキャリアを重ねた人にとっては、独立・企業という選択肢も出てくるでしょう。また、上記でご説明した「ネットやSNSで企業の内部事情を調べやすい」「リモートワークで自分の時間も取りやすくなった」といったことが生じた結果、転職活動を実行しやすい環境にもなっています。

 

3. 従業員体験を向上させるメリット

従業員体験をより良いものにすることでどういったメリットを企業は得られるのでしょうか。大きく4つのメリットをご紹介します。

メリット1「従業員のやる気や満足度が上がる」

従業員体験を向上させれば当然、従業員一人ひとりのやる気や満足度は上がります。一方で、現代は仕事というものの価値が人によって様々になってきています。先ほど、「とりあえず給料だけ上げればOK」などと短絡的に考えるのは失敗のもととご説明しましたが、例えば給料よりも、社会にとって意味のあることを自分はできているか、つまり仕事を通じた社会貢献を大きな価値だと思っている従業員にとっては、給料アップはそれほどモチベーションには繋がらないかもしれません。なので、社員一人ひとりに親身になって、各々が持っている仕事への価値観を把握していく姿勢が大切なのです。

メリット2「離職率が低下する」

従業員のモチベーションが上がれば、必然的に会社を辞めようと思う人も少なくなります。厚生労働省の調査によると、転職者が前職を辞めた主な理由は「労働時間、休日などの労働条件が悪かった」「職場の人間関係が好ましくなかった」「給料など収入が少なかった」が挙げられますが、この中で特に突出している項目はありません。つまり、辞める理由は人によって様々であり、あるいは複数の理由を抱えているケースもあるので、メリット1でも挙げたように広い視野で従業員体験を良くしていくことが重要です。

メリット3「従業員の生産性が向上する」

従業員体験を見直す工程で従業員一人ひとりが普段どのような業務をしているかを理解し、改善が必要なところも明らかになるので、労働生産性の向上も見込めます。また、メリット1で挙げた満足度ややる気の向上、すなわち従業員の幸福度の向上は生産性の改善にもつながることが様々な研究で明らかになっています。中でも代表的なのがアメリカ・イリノイ大学の名誉教授、エド・ディーナー博士らによる研究。幸福度が高い人とそうでない人と比べた時に、幸福度が高い人の方が創造性は3倍、生産性は31%、売り上げは37%も高いという結果が出ています(参考記事)。

メリット4「企業イメージの向上」

従業員体験を向上させようとする企業の姿勢は、従業員にとってはもちろん、対外的に見ても好印象。また、従業員体験が向上すれば、業務や会社の方針などにネガティブな意見を持つ従業員も減り、インターネットやSNSでポジティブな発言をする従業員が増えてくるかもしれません。その積み重ねが企業イメージの向上に繋がり、離職者の減少や求職者の増加も期待できます。

 

4.従業員体験を向上させるために

実際にどうやって従業員体験を向上させるのか、そのプロセスについてご紹介します。ここまでご紹介してきた通り、従業員体験は点の施策として考えるのではなく、より俯瞰的な視点で計画的に取り組んでいくのが大切です。焦らずじっくり進めていきましょう。

まずは現状把握

最初にすべきことは、今の従業員体験がどのようなものかを改めて把握することです。自分が所属する会社の働き方について客観的に見ることは、簡単なようでうまくいかないもの。顧客体験の場合はよく、ユーザーが商品やサービスの存在を知ってから購入&リピート化するまでの行動や心理状況の移り変わりを描く「カスタマージャーニーマップ」が用いられますが、その従業員版である「エンプロイージャーニーマップ」を使うと現状が見えやすくなってくるのでおすすめです。

エンプロイージャーニーマップのイメージ

 

下記の記事の中では「カスタマージャーニー」について解説しています。気になる方はこちらもご覧ください。

【初心者向け】アプリ開発の企画書の作り方をいちから説明します

社員が感じているギャップを把握する

誰でも一度は会社を辞めたいと思ったことがあるはず。その理由を思い出してみると、例えば想像していた以上に業務内容がハードだった、期待していたほど給料が上がらなかったなど、自分が描いていたイメージとのギャップが原因ではなかったでしょうか?パーソル総合研究所×CAMP「就職活動と入社後の実態に関する定量調査」によると、入社前に抱いていたイメージと入社してからの状況に何かしらのギャップがあった人は76.6%。そしてそのギャップが大きいと感じている人ほど、職場に対してネガティブな感情を抱いていることがわかっています。ギャップは何も、入社して間もない従業員だけが感じるものではありません。在籍年数が長い従業員であっても、会社の方針や人間関係の変化でギャップが生じることは十分にあり得ます。なのでまずは、年次に関わらず従業員一人ひとりが抱いているギャップを様々な角度から洗い出しましょう。

<業務内容に対するギャップ>

普段行っている仕事の内容に対して、満足していることや自身が改善すべきだと思っていること、改善するために会社組織としてサポートして欲しいことなどをヒヤリングし、ギャップがないかを確認していきます。現在の業務内容についてだけでなく、今後取り組んでみたい業務は何かを聞いてみるのも有効。

<会社に対するギャップ>

企業理念や社長を始めとする経営陣が発信しているメッセージなどに対して共感できるところと違和感があるところをヒヤリング。また、企業業績などを踏まえた上での企業の将来性をどう思っているのかを聞くのも良いでしょう。

<人間関係に対するギャップ>

社内メンバーとのコミュニケーションの機会は十分にあるかや、一緒に働きやすい、働きづらい社内メンバーがいるかどうかをヒヤリング。人間関係が原因で退職するケースは多いので、ここでのギャップがあるかを確認するのはとても重要です。働きやすいメンバー、働きづらいメンバーがいる場合はその理由もしっかり聞きましょう。

<給料や労働条件に対するギャップ>

今の給料に対して満足しているかどうかや、業務時間は多すぎないか、あるいはもっと働きたいかなどをヒヤリング。具体的なことまで深く聞く必要はありませんが、プライベートは充実しているかどうかも聞けるとより良いでしょう。

 

5.従業員体験を向上させる具体的な事例

従業員が持つ様々なギャップを把握できたら、それを埋めるためのアクションを検討・実行していきましょう。参考までに、従業員体験の向上に成功させている企業の事例をご紹介します。

ニトリ〜エンプロイージャーニーマップを活用

家具&ホームファッションブランドのニトリでは、2019年からエンプロイージャーニーマップを導入。どのような社会課題を解決したいのかなどのアンケートを従業員に向けて行いました。その結果を踏まえて、配置転換を行ったり研修への参加を促すなど、従業員が主体となってキャリアを描けるようサポート。若手社員を対象に10日間のアメリカ研修を実施するなど、従業員が成長できる仕組み作りに惜しみなく注力しています。

参考記事:組織の新常識「従業員主体の体験価値を高める」

Airbnb〜従業員体験向上のための専門部署を設置〜

アメリカ・サンフランシスコに拠点を置き、バケーションレンタルサービスを手がけるAirbnbには、「Employee Experience」という部署が設けられているほど従業員体験を向上することを重視しています。個人の目標を見える化し、進捗などを管理しやすくするデジタルツールを導入したり、業務上でわからないことがあれば誰でもすぐに質問できるオンラインプラットフォームを用意するなど、外部ツールやサービスを活用しながら従業員体験の向上に意欲的に取り組んでいます。

参考記事:Airbnbが「最高の職場」を作れる秘密。従業員体験(EX)を上げるために使うツール5選

 

まとめ

この記事では、従業員体験の概要と、向上させるためのプロセスなどについてご紹介しました。記事内では従業員が感じているギャップを把握することの重要性について説明しましたが、従業員のギャップを把握できていない根本の原因は、上司と部下やチーム間でのコミュニケーション機会が少なかったからかもしれません。Airbnbの例で挙げたように、社内でのコミュニケーションを円滑にするサービスも多くあるので、これらも活用しながら従業員体験をもっと良くしていきましょう。