外食産業にとって、アプリは「顧客体験マネジメント」の基盤である―KFC・すかいらーく・スシロー

MOBILE MARKETING UPDATE in OSAKA 2018レポート「トークセッション3:外食産業におけるアプリ活用の現在と未来
※こちらは2018年7月27日にリーガロイヤルホテル大阪で行われたイベントのレポート記事になります。

デジタル/アナログにまたがる多様な顧客接点を有機的に連携させ、ブランド体験の質と売上の向上を実現したいと考える企業は多い。そして、チャネル連携、および顧客データ統合の起点としてアプリが果たす役割は大きい。なかでも外食産業では、店舗への集客促進策としてモバイル活用が早くから進められており、アプリを活用した多様なサービス・体験の提供が積極的に検討されている。本セッションには、アプリストアの「フード」カテゴリにおいて常に上位にランクインしている3社が登壇。アプリ活用の現状と課題、また今後の戦略について意見を交わした。

(登壇者)
株式会社あきんどスシロー コミュニケーション企画推進室 主任 竹中浩司氏
株式会社すかいらーくホールディングス マーケティング政策本部デジタルコミュニケーショングループ ディレクター 濱嶋保樹氏
日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社 マーケティング部CRM推進課課長 塩谷旬氏

KFCは「CRMからCXMへ」

――お三方それぞれの経歴と、デジタルマーケティングおよびアプリ活用のお取り組みについて簡単にご紹介ください。

塩谷 2013年に日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)に入社して以来5年間、デジタルおよびCRMを統括してきました。デジタルマーケティング領域に身を置くようになってからは、もう14年以上になります。

2018年で創業48年目を迎え、2018年3月末時点で店舗数は1153店舗。デジタルプラットフォームも規模が年々拡大しており、Webサイトを基盤に、ソーシャルメディア、メルマガ(会員342万人)、公式アプリ(958万ダウンロード)と一通り揃っています。KFCに対するロイヤリティの強さが異なる幅広いお客さまとつながっており、このピラミッドを底上げしていくことがCRM戦略におけるミッションです。

KFCでは、購買データ(ID-POS)をベースとしたCRM、会員組織「カーネルクラブ」の登録情報をベースとしたデジタルCRMを経て、購買データとデジタルデータをアプリによって紐づけたオムニチャネルCRMを構築しました。直近では、今年3月にKFC初のロイヤリティプログラム「KFCマイレージプログラム」を開始。来店や購買によって「チキンマイル」が貯まり、ステージが上がると特典が付与されるプログラムを、アプリを通じて提供しています。

私たちは、この取り組みを「CRM」ではなく「CXM(Customer Experience Management)」と捉えています。つまり、管理すべきは「お客さまとの関係」ではなく「ブランドに対するあらゆる顧客体験」だと考えているんです。目指すゴールは、全社横断でCXMを実行すること。購買前から購買後に至るまで、オンライン/オフラインすべての顧客接点で豊かなブランド体験を提供することです。

その各接点にアプリが関与することで、お客さまが楽しく幸せになっていく――「HAPPY CHICKEN PROGRAM」をコンセプトに掲げ、KFC社員・スタッフのおもてなしの代弁者として、アプリおよびマイレージプログラムを進化させていきたいと考えています。

デジタル・CRMチームに求められるのは、より多くのお客さまをマイレージ会員化し、売上に貢献すること。アプリのダウンロード数増、アクティブ会員増をKPIとして、さまざまな施策を打ち出しています。

濱嶋 私は、インターネット黎明期からクリエイティブおよびマーケティング業務に従事してきました。アイ・エム・ジェイで約10年間、さまざまなクライアント企業のWebサイト開発・デザイン制作を担当したのち、ディー・エヌ・エーやシダックスを経て、2017年4月にすかいらーくに入社。現在はマーケティング本部でデジタルマーケティングを統括しています。担当業務はWebメディア運用、アプリ開発・運用、ソーシャルメディア運用、コンテンツ開発・運用、宅配サービス企画と多岐にわたります。

1970年、東京都府中市に「ファミリーレストランすかいらーく1号店」がオープンしたのが、すかいらーくホールディングスの始まり。現在では、ガスト、バーミヤン、夢庵など、ジャンルも価格帯も多様な20以上の店舗ブランドを展開しています。店舗数は計3100店舗以上、従業員数は10万人以上、年間来店者数は4億人にのぼる巨大グループとなりました。

デジタルマーケティングには、客数増・再来店率増・客単価増による売上貢献に加え、ブランドエクイティを向上させることが求められています。デジタルのタッチポイントでより多くのお客さまとのコミュニケーションを深め、必ず「食事の選択肢」に上がる存在になることを目指しています。

2014年7月にリリースした公式アプリは、今年3月に全ブランド統合型アプリへとリニューアル。ひとつのアプリ内で複数のブランドを回遊してもらう狙いがあります。ダウンロード数は1400万件を突破しました。

今後は、機能を拡充しながら、顧客体験のタッチポイントをアプリに集約していきたいと考えています。来店前(検討時間)には、席予約や宅配注文、クーポン発行やアレルギー情報等の開示。来店中(購買時間)には、会員証機能やメニュー注文、決済。来店後(消費時間)には、ポイント付与やサンキュークーポンの発行、ロイヤリティプログラムの提供――といった具合です。

竹中 1984年6月に創業したあきんどスシローは、現在、国内に503店舗(※2018年07月19日現在)を展開しています。海外への出店も強化しており、今年度は台湾に初出店しました。

私のキャリアとしては大学卒業後、私はOA機器販売商社に就職し、現在とは畑違いの営業を担当していました。その後、総合通販・建築資材メーカーと転職し、一貫してマーケティングやデジタル領域に携わるようになりました。2015年にあきんどスシローに入社してからは、マーケティングおよびCRMの戦略立案・実行を担っています。

公式アプリ「スシローアプリ」は、2018年7月1日時点で950万ダウンロードを超えました。開発の背景にあったのは、お客さまがスシローに対して抱いていた、ある不満。それは「店舗の混雑」で、来店したお客さまが離脱してしまう最も大きな理由のひとつでもありました。そこで、店舗に並ぶ時間を短縮できる「受付・予約」機能からアプリをスタートし、ポイントプログラムやキャンペーン情報、お持ち帰りすしのネット注文など、機能を次々と拡充してきました。

アプリ内のコンテンツごとに管理・運営する部署が異なり、成果指標も異なります。例えば、私が担当する「CRM・ポイントプログラム」に関してはユーザーの貢献売上や来店者数、「受付・予約」機能については店舗毎に表示されている待ち時間の精度、「お持ち帰りすしのネット注文」は注文売上をKPIに設定しています。

アプリの利用率はまだまだ低いと言わざるを得ませんが、アプリユーザーは全体的に客単価が高い傾向があります。今後も新しい機能を拡充しながら、新規ユーザー獲得とアクティブ率向上を図っていきたいですね。

外食企業のアプリ=クーポンアプリにあらず!

――同じ外食産業ではありますが、デジタルマーケティングの体制やアプリの活用状況はそれぞれ異なるかと思います。お互いに尋ねてみたいことがあれば、ぜひお願いします。

塩谷 アプリに関わっているメンバーや組織体制のことを聞いてみたいですね。実はKFCは、デジタルチームが数名しかいないんです。もちろん外部パートナーの力を借りている部分は大きくなっています。

濱嶋 すかいらーくはプロパー社員の割合が高く、店舗を経験してから各部署へ異動していくパターンが多いので、僕のような中途採用の専門職人材は少ないんです。アプリを担当している社員もプロパーで、デジタルの専門性はそう高くない。外部パートナーと連携してはいますが、正直なところ人的リソースが不足しており、今、人を募集しています(笑)。

竹中 テレビCMをはじめとするマス広告やPR、店頭販促部門にリソースを大幅にとられるので、デジタル担当は少ないのが現状です。特に、CRMに関しては所属部門では私一人でして、他部門の協力はいただいているものの、データの収集・集計・解析から課題抽出、施策の企画実行まで担当しており、「一人PDCA」と個人的には言ってます(笑)。

売上全体に占めるデジタルの貢献度が大きくなってくれば、当然会社としてもリソースを割いてくれるようになると思いますが、そうなるように今は頑張っています。

濱嶋 オペレーションは外部パートナーにお任せし、戦略立案やそれに基づくUIデザイン・実装のディレクションといった上流部分に、限られた社内人材を充てるしかありませんよね。

塩谷 人的リソースの問題のほかに、もうひとつご意見を伺いたいことがあるんです。ロイヤリティプログラムにおけるお客さまの継続モチベーションを、ポイントや割引といった「物理的インセンティブ」から、自己実現欲求や承認欲求を満たす「心理的インセンティブ」に移行していくことは可能だと思いますか?

というのも、クーポンの威力というのはやはり絶大だなと感じていて。「KFCマイレージプログラム」を運営していても、会員ランクの高い、つまりロイヤリティが高い「プラチナ」のお客さまであっても、物理的インセンティブを重視する傾向が見られるのです。外食チェーンのアプリは、ともすると割引があってなんぼの「クーポンアプリ」とみなされがちで、そこに課題を感じています。

濱嶋 割引率の高いクーポンはたしかに強力ですが、出し過ぎには当然注意が必要です。一方、セーブしすぎるとお客さまの離反が増えるという現実があり、悩ましいところです。

とは言え、利用シーンはお客さまによってさまざまですから、割引だけではないインセンティブの設計は可能なのではないかと考えています。例えば、会員ランクが上がるにつれて利用できるサービス・機能が増えていく、といったことも考えられますね。

竹中 おっしゃるとおり、クーポンには“中毒性”のようなものがあり、出し続けていると、クーポンなしでは来店いただけなくなるリスクがあると思います。スシローでも、クーポンの出し方は、慎重にテストを重ねた上で設定しました。スシローの原価率は約50%なので、クーポンを出しすぎると赤字になってしまうのです。今後は、割引ではなく、貯めたポイントに応じたインセンティブを検討しています。お客さまご自身が特別感を覚えて喜んでくださることはもちろん、それを見た周囲のお客さまのモチベーションを高めることにもつながるのではないかと期待しています。

――企業のマーケティング活動におけるデジタルの重要性は年々高まっている一方で、予算不足に頭を抱えるデジタルマーケティング担当者は少なくありません。皆さんはいかがですか。

濱嶋 すかいらーくでは「プロモーション」全体で予算を確保しており、デジタル単体の予算はありませんし、全体に占める割合も決して高くありません。しかし、ここ数年テストを重ねてきた結果、デジタル施策が実現し得る来店単価を算出できるようになりました。来年度は、そのデータを根拠に、デジタル単体の予算確保に動きたいと思っています。

竹中 当社も、各プロモーション毎に予算が組まれています。内訳としてはテレビCMが最も大きく、デジタルは相対的に少ないです。ただ、アプリユーザーの客単価が高い傾向にあるというデータは出ているので、これを武器に、いかに追加予算を獲得するか、奮闘しているところです(笑)。

塩谷 KFCはデジタル単体の予算も持っています。しかしながら、お客さまがデジタル/アナログをシームレスに行き来する中、果たしてどこからどこまでが「デジタル」なのかという定義も難しくなってきていると感じます。デジタル単体で予算を確保することが、必ずしも正解とは言えないのかもしれません。よってKFCでは、デジタル単体で予算を確保するケースと、デジタル/アナログ合同で予算を確保するケースがあります。

竹中 経営層や店舗、営業部門に与えるインパクトで言えば、現時点では、依然としてCMなどのマス施策のほうが大きいのは事実。お客さまとの長期的な関係構築をはじめ、デジタルの貢献を真に理解してもらうには、全社的な巻き込みが必要だと感じています。また、小さな成功を積み重ね、常にネクストステップを会社に提示することで、地道に信頼を得ていくことが不可欠。それが、予算獲得にもつながっていくと思います。