営業支援、業務改善、新しい買い物体験の創出 ダスキンとモノタロウに見るBtoB企業のアプリ活用最前線

MOBILE MARKETING UPDATE in OSAKA 2018レポート「トークセッション2:なぜBtoB企業がアプリを活用するのか
※こちらは2018年7月27日にリーガロイヤルホテル大阪で行われたイベントのレポート記事になります。

スマートフォンがライフスタイルの中心になった今、ビジネス全体をモバイルファーストで構築する重要性が増している。こうした中、デジタル領域に携わる企業には、モバイルサイトでの集客からアプリでのロイヤリティ構築、SNSの活用など、これまで以上に複合的・多面的なアプローチが求められている。デジタル時代の今、顧客にどうリーチし、心を掴み、長期的な関係を構築するべきか。東京に続き、今回大阪で開催された「MOBILE MARKETING UPDATE」では、トップブランドのマーケターをゲストに迎え、デジタルマーケティングの未来について意見を交わした。

スマートフォンの普及に伴う変化は、BtoCビジネスのみならず、BtoBビジネスの現場にも広がっている。こうした中、営業支援や社内の情報共有、業務改善といった多岐にわたる目的で、アプリを活用するBtoB企業が増えてきている。本セッションには、法人向けに事務用品レンタル・掃除サービスなどを提供するダスキンと、業務現場で必要とされる様々な商品を販売するEC事業者であるMonotaRO2社が登壇。各社のアプリ活用の現状と、導入後の変化を聞いた。

(登壇者)
株式会社ダスキン 訪販グループ戦略本部 事業開発部 ビジネスユース開発室 伊東孝氏
株式会社MonotaRO 商品販売企画部門 コンテンツ制作グループ 川上修平氏

本業以外の用途も広がる、BtoB企業のアプリ活用

――ダスキンの伊東さんと、MonotaROの川上さん。お二人は、ともにBtoB企業におけるアプリ活用に携わっているという点では共通していますが、バックグラウンドは全く異なります。それぞれ、どのような経緯でアプリ活用に関わるようになったのか聞かせてください。

伊東 私はダスキンに入社して27年になります。入社後の約10年間、事業所用の商品レンタルや掃除サービスなどを販売する“ゴリゴリの営業マン”を経験したのち、フランチャイズ加盟店の責任者「ストアマネジャー」の研修を担当。これまでに1,200名にのぼる“教え子”を輩出してきました。その後、スーパーバイザーとして加盟店の指導を担い、現在は「ダスキンの、ちょっと未来をつくっていく」ことをミッションとした事業に携わっています。その一環で2018年に、加盟店とのコミュニケーション円滑化および営業支援を目的としたアプリの開発に携わりました。このとおり、アプリに関わるようになったのはごく最近のこと。「インターネット」や「デジタル」といった領域とは無縁のキャリアを歩んできたと言えます。

私が所属する訪販グループは、マットやモップのレンタル、その他消耗品の販売、清掃サービスなど「衛生」を軸とした生活全般のお手伝いを手がけており、55年の歴史があります。フランチャイズ加盟店が全国に2,000店あり、お客さまは、企業や商店といった事業所が120軒、一般家庭が500万軒にのぼります。事業所は2週間に一度、一般家庭は4週間に一度、お客さま係(組織員)が訪問するビジネスモデルですから、お客さまとの密なコミュニケーションには自信があります。お客さまにとって、ある意味「一番見られたくないところ」まで入り込んでいけることは、当社の強みだと自負しています。

川上 私は元々、デザイン事務所でUIデザインを専門に仕事をしていたのですが、事業会社の中でUIデザインに取り組んでみたいと考え、2013年にMonotaROに入社しました。Webデザインの管理職として、入社してすぐにモバイルサイトのリニューアルを担当。その後、ECサイト全般のクリエイティブ運用管理やユーザビリティ改善に携わり、その経験から、20179月からスタートした無人店舗開発にあたって、アプリを中心としたUXデザインを担当しました。

MonotaROは、製造業、工事業、自動車整備業などの現場で使われる工具・部品・消耗品・文具の通信販売を行う企業として2000年に創業しました。よく勘違いされるのですが、訪問販売からECへと移行したわけではなく、元々EC事業者としてスタートした企業です。間接資材という「製造物に直接関係のないもの」「どこで買っても同じもの」を安価かつ便利に調達できる点が評価され、多くのお客さまにリピート利用いただいています。おかげさまで年率20%を超える成長を続けており、201812月期には売上高が1,000億円を突破する見込みです。

企業の方が業務時間中に利用することが多いサービスという性質上、売上全体に占めるモバイル経由の比率は、まだまだ低いと言わざるを得ません。しかし、最近出稿したテレビCMの影響もあって新規登録が増えている個人事業主の方々は、モバイルを主たる利用デバイスとしている方が多いことがわかっており、ポテンシャルは非常に高いと感じています。



UIデザイナーとして、日々学びや気づきを得ながら、改善を行っています。例えば、ECサイトを閲覧する人と、商品を選択する人と、商品を受け取る人と、商品を使う人が全員異なるケースがままあるのは、法人向けECの大きな特徴のひとつです。そのような個人向けECと異なる環境の下、どのように集客し、アクセス頻度や客単価を高めていくのか、試行錯誤を繰り返しています。

――MonotaROさんは、今年オープンした実店舗「モノタロウAIストア powered by OPTiM」(※注1)も話題になりましたね。

川上 AIストア」は、IoTプラットフォームサービスなどを手がけるオプティム社との共同プロジェクトとして設置したものです。入退店や購入商品の選択、決済などの機能を持つアプリ「モノタロウ 店舗」は、ヤプリのプラットフォームを活用して構築しました。商品情報やバスケット機能といった、当社がすでに運営しているモバイルサイトの機能を流用しつつ、実店舗ならではの体験を意識してUI設計を行いました。

本格運用するには、課題が山積みです。例えば、リアルなバスケットとWeb上のバスケットの両方に商品を入れる必要があるという独特のアクションに不慣れな人が多く、商品を持たずに店外に出てしまう人がいらっしゃったり……(笑)。何も持たずに退店しようとしている人がいたら、アラートを鳴らすなどの工夫が必要だなと考えているところです。

アプリ活用で現場の生産性が向上した

――ネイティブ開発のものも含め、アプリの活用状況と、現在までに得られた成果について具体的に聞かせてください。

伊東 ヤプリのプラットフォームを使って開発した「ダスキンCOMPASS」は、各地域本部、スーパーバイザー、フランチャイズ加盟店の責任者(ストアマネージャー)および現場担当者(お客さま係)の間のコミュニケーション円滑化と、業務効率化を目的につくったアプリです。

現場最前線に立ち、お客さまにダスキンのサービスを提供する全国6万5000人の「お客さま係」の皆さんに、私たち本部からのメッセージを直接届けたい。また、皆さんがサービス提供にあたって必要としている情報を、取捨選択して効率良く届けたい。それを実現する手段として、アプリを選択しました。例えば今は「エアコンクリーニング」の需要が高まる季節。お客さま係が、関連する情報にスムーズにアクセスできるようになれば、そのサービスを必要とするお客さまに、よりタイムリーにご提案できるようになるはずです。

これまでは全16の事業がそれぞれに情報発信をしており、お客さま係は膨大な情報の中から、いま必要なもの・自分に必要なものを選び取らなければならず、非常に労力がかかっていました。また、本部→地域本部→フランチャイズ加盟店責任者→お客さま係といったフローで情報・メッセージを伝達していく中で、誤った情報が伝わってしまうケースも多々ありました。そうした非効率や損失を解消することが、「ダスキンCOMPASS」の目的です。

効果はてき面。これまでは、現場への情報共有・伝達を目的に、4週間に一度の定例会議を行っていたのですが、まずその会議が廃止されました。必要な情報や資料は、すべてアプリで共有できるようになったからです。会議の準備や担当地域の巡回に多くの時間を割かねばならなかったスーパーバイザーの業務も、大幅に改善されました。例えば、午前中にとある加盟店とともに行った営業活動の様子を動画撮影し、地域本部で編集、その日の夕方には全加盟店に共有することができるようになったのです。

定例会議を廃止し、情報共有はアプリに一本化する――当初は、100人中99人に反対されました(笑)。これまでは、定例会議の準備や巡回に時間をかけてさえいれば「仕事をしている」と認められていたのが、現場に役立つ情報発信を適切に行わなければ評価されなくなるわけですから、抵抗を覚える人もいたのでしょう。しかし蓋を開けてみると、地域本部からの評判は非常に良好。20194月までは試行運用にとどめる予定だったのですが、10月より他の地域本部でも運用をスタートすることになりました。

川上 2014年から関わっているECアプリのネイティブ開発経験から、ネイティブアプリは開発に時間がかかる上、リソースを確保するのも大変だとあらためて実感しました。今回のAIストアは実験的なプロジェクトであり、アプリも短期間のうちにどんどんブラッシュアップを重ねる必要がありました。そうなると、リリースまでのリードタイムが長いネイティブアプリでは、やりたいことを実現するのは難しいと思いました。そこで、MonotaROECサイト開発・運用力を活かしつつ、ヤプリのプラットフォームを活用することにしたのです。

伊東 当社もお客さま向けアプリをネイティブ開発で別途進めているのですが、まだ完成には至っておりません。「ダスキンCOMPASS」の開発パートナーにヤプリを選んだのは、デジタルと無縁の仕事をしてきた私に、アプリに関する知識がほとんどなかったためです。頭の中にある「こういうことをやりたい」というアイデアや、デザインのイメージを、短期間で具現化してくれるという点は、魅力的でしたね。

川上 当社にとってモバイルは、これまで投資をしづらい領域でした。というのも、「BtoB企業」と一言で言っても、個人事業主から大手企業まで多種多様。こと大手企業に着目すると、「経理担当者が、各事業部から依頼された商品をモバイルで購入する」というシーンはイメージしづらく、モバイルをお客さまの主要デバイスと捉えにくかったのです。

しかし最近はテレビCMも奏功してか、モバイルECの新規登録者が想定以上に増えています。個人事業主のお客さまの中には、日々自ら現場に出ており、デスクに座ってPCを開く時間がなかなかとれない方も多い。そういう方には、スマホでのサービス提供が最適なのではないかと考えています。お客さまの中には、自分がWebブラウザで閲覧しているのか、アプリで閲覧しているのか、区別できていない方も実は少なくありませんが、私たちはどちらを使っていただいても構わないと考えています。お客さまのご都合に合わせて、ご自身にとって便利なほうを使っていただくのが一番です。

伊東 定例会議がなくなったことに加えて、スーパーバイザーの評価指標が変わったということも、アプリによってもたらされた大きな変化のひとつです。売上だけではなく、加盟店に対する情報発信、すなわちアプリの活用状況も、評価軸に加えられました。コンテンツの更新頻度とPV数、つまり量と質の両面でスーパーバイザーの仕事を評価するための指標ができたのです。これによって、「活躍する」メンバーの顔触れが変わってきた印象があります。直近では、今年スーパーバイザーになったばかりの26歳の女性社員が、史上最年少でありながら非常に高い評価を受けるなど健闘しています。

川上 真摯に働く人に寄り添うアプリ、素敵ですね。

伊東 費用対効果は大変高いと感じています。会議のために割かれていた時間や労力を、加盟店の営業支援にあてることができるようになったので、地域本部の生産性は大幅に向上していると言えます。アプリ運営にあたって意識しているのが、ユーザー、つまりお客さま係の感情に寄り添うことです。お客さまとのコミュニケーションを大事にし続けてきた企業だからこそ、インナーコミュニケーションにおいても、数値で測れる効果に一喜一憂するばかりでなく、関係者の感情に配慮した運営をしていきたいですね。

――今後取り組んでいきたいことについて、それぞれ聞かせてください。

川上 当然のことではありますが、ECの集客をより強化していきたいですね。アプリを設計・運用する中で得た気づきのひとつに、「アプリならでは、モバイルならではの体験」以上に、「安定して使える、スムーズに買える」というベーシックな価値が重要である、ということが挙げられます。アプリをインストールするということは、「モノタロウ」を指名検索してくださっているということ。つまり、ロイヤリティが高いお客さまであるということです。そうしたお客さまの期待を裏切らないことが、何より重要なのだと強く実感しています。

その上で「無人店舗ならではの体験」についても、より突き詰めていきたいと考えています。従来型の実店舗の価値といえば、何と言っても「人」だと思います。「人」がいることで生まれる心地良さやスムーズな買い物体験って、絶対にあると思うんです。ですが、そこで勝負をしたところで、MonotaROが従来の実店舗より良い価値を提供できるとは考えにくく、勝算はありません。AIストアの実験を通じて、私たちならではの価値提供のあり方を引き続き研究したいと思います。

伊東 今後もアプリを通じた社内コミュニケーションをより密にしていくとともに、アプリ活用の可能性をより広げていきたいという思いがあります。これは自分の勝手な空想ですが「2万個のアプリ」をつくりたいと思っているんです(笑)。当社のお客さま全体に占める、一般家庭の主婦の方の割合は高い。そして主婦の方々の行動範囲は、お子さんの通う小学校の学区で規定されるケースが多いことがわかっています。全国に約2万校ある小学校の学区ごとにアプリをつくって、学区内の一般家庭とダスキンの事業所をつなぎ、よりお客さまに寄り添う形で生活全般のお手伝いができたら……そんな構想をしています。

 

※注1
AI活用した無人店舗「モノタロウ AI ストア」をモノタロウがオープン
https://netshop.impress.co.jp/node/5263