長期的な顧客との関係性を見据えてこそテクノロジーを使いこなせる

MOBILE MARKETING UPDATE 2018レポート「トークセッション2:テクノロジーで新しい『顧客体験』を生み出すには
※こちらは2018年4月12日に東京ミッドタウンで行われたイベントのレポート記事になります。

さまざまなテクノロジーの発展によって、企業はより深く顧客を知り、また以前では考えられなかったような形で顧客とつながることも可能になった。ただし進化が早いだけに、テクノロジーありきの発想になってしまうと、ときに振り回されてしまうこともある。「MOBILE MARKETING UPDATE 2018」、2つ目のトークセッションでは「テクノロジーで新しい『顧客体験』を生み出すには」というテーマの下に、テクノロジーを活用して顧客との関係性を新たに構築している4社が登壇した。

ゲスト:
株式会社良品計画 WEB事業部 部長 川名 常海 氏
株式会社中川政七商店 取締役 兼 コミュニケーション本部 本部長 緒方 恵 氏
ロクシタンジャポン株式会社 デジタルマーケティング部 部長 吉屋 智章 氏
RIZAPイノベーションズ株式会社 スタジオ事業部 ゴルフ事業ユニット サービス企画・マーケティング管理 責任者 澤本 陽介 氏

モデレーター:
株式会社ヤプリ エバンジェリスト 金子 洋平 

顧客体験の充実にテクノロジーをどう使うのか

本セッションに登壇した4氏は、顧客がそれぞれの会社に望むことを見据えた上で、テクノロジーを新たな顧客体験の創造に活用している。いずれも店舗を有し、リアルな顧客接点が重要な業態だ。まず、アプリ成功事例の先駆として「MUJI passport」が有名な良品計画から、川名常海氏。直近では、大阪府堺市に生鮮食品も扱う「イオンモール堺北花田店」をオープンしたことが話題になった。まだ生鮮のレジの回転の早さに苦労しているというが、こうした新業態に取り組む意図を、川名氏は「つくる人とかう人のコミュニケーションのつなぎ役になりたいという思いがある」と話す。

続いて、伝統工芸の技術を用いた自社ブランド商品を扱う中川政七商店から、緒方恵氏。前職の東急ハンズでオムニチャネル化を推進し、2016年から同社に参画、その経験を活かしてデジタルとリアル両面のマーケティングを統括する。同社は最近、表参道店を「まるごと試せる中川政七商店」としてリニューアルした。商品トライアルや試食にとことんこだわることで、顧客にその品質を知ってもらい、また接客の量を増やして各顧客への精緻な接客を実現するというコンセプトがある。ローンチ後、顧客単価や店舗滞在時間はかなり上がっているという。

フランス発祥の化粧品ブランドであるロクシタンは、路面店や百貨店内などでリアル店舗を運営すると同時にECも展開。同社のデジタルマーケティングを統括する吉澤智章氏は、現在の取り組みとして「オムニチャネル顧客」の可視化とそのための顧客統合を挙げる。これまでの分析で、店舗のみ、ECのみの利用客に比べて、両方を利用する顧客のほうが、購入頻度、購入単価、年間購入額ともに大きいことがわかり、また会員登録も同項目のリフトに効果があった。直販のため、登録してもらえれば顧客情報はすべて取得できる。「データは我々のコアコンピタンス」だと吉屋氏。

そして、RIZAPイノベーションズの澤本陽介氏。ライブドアやソフトバンク・テクノロジーを経て昨年よりRIZAPグループに参画した。現在はRIZAP GOLFのサービス企画とマーケティングを手がけており、センシング技術とアプリを融合した「RIZAP GOLF LESSON System」をリリースしたばかりだ。RIZAPでは、どのサービスでも「顧客時間」を重視しているという。「“結果にコミットする”からには、トレーニングやレッスン時間以外の生活も我々のビジネスにとって重要。また、忙しい顧客の時間をより有意義にできるようにとの考えから、精緻なカスタマージャーニーを描き、日々ブラッシュアップしている」と澤本氏。

地道な説明で店舗スタッフにアプリ活用を促進

ユーザーがどこでRIZAPを知り、検討し、次の行動に移るのか。そして各タイミングで社内ではどのテクノロジーが機能し、どのようなデータが取得できるのか。IT目線とマーケティング目線の両方でそれらを一枚にまとめた図には、セッション会場の参加者だけでなく登壇者からも感嘆の声が上がった。社内のどの目線でアップデートしていけばいいのか、カスタマージャーニーは作成以上に維持管理が難しい点だが、RIZAPではIT部門が主管となり、事業関連携を推進することで、うまく運んでいるそうだ。

一方で、澤本氏は自社の課題として、店舗でのITリテラシーを挙げる。前述のレッスンシステムも、ゴルフクラブに付けたセンサーでユーザーのスイングなどの情報を取得し、アプリに連動させるものだが、ユーザーとともに使いながらレッスンに活かすのは現場で指導するトレーナーだ。「MUJI passport」もユーザー向けアプリである一方、店舗スタッフが簡単に自社と他店との来店客属性を比較できたり、最近では店舗が企画したイベントを登録できるようにしたりと、店舗スタッフ向けのアプリという側面も大きい。「そもそも我々自体が、チェーン店ではなく“個店”と“個客”との関係性をつくろうとしているので、店舗独自の動きにアプリを対応させていく流れもその一環」と川名氏。

そんな中で、店舗スタッフへの機能アップデートの解説などは、自ら店長会などに出向いて地道に説明しているという。同時に、コールセンターへの説明も大事だと、シフト制のスタッフに対応するため、月曜から金曜まで日に2回説明会を設けることもある。リテラシーの差を解消し、テクノロジーの真価を発揮するためには、やはり時間をかけることが欠かせないようだ。

アプリ活用が進む良品計画とRIZAP、そして中川政七商店でも昨年3月にアプリ『さんちの手帖』をローンチ。先行して開設していたWebメディア『さんち〜工芸と探訪〜』と連携しており、ユーザーは読み物メディアとしてだけでなく、位置情報を使って旅行ガイドとして活用できる。元々同社は「日本の工芸を元気にする」というビジョンを掲げており、2016年の創業300年を機に事業領域を「工芸」から「工芸と旅」に拡大。工芸品の産地への旅を促す活動を始めている。両『さんち』では自社商品は取り上げず、まさしく各産地の工芸やそれにまつわる記事が並ぶ。毎日更新をモットーに、自社に設置した編集部でコンテンツ制作と運営に邁進している最中だ。

「編集力向上」というアプリの意外な活用目的

Webとアプリを併用しているのは、東急ハンズ時代の経験から「アクティブユーザーほどアプリにしたほうがLTVが上がる、という図式が把握できていたから」と緒方氏。その人たちに産地への旅を促し、旅先で使ってもらうという「行動をデザインできたか」まで指標にしていく。もうひとつ、それらの把握も含めて「編集力を高める」ことも、メディア事業を立ち上げた大きな理由だ。「僕らは自分たちで商品をつくり、その品質を誰より知っていて、店舗では接客を通して品質や工芸の楽しさを伝えている。でも、そのレベルをオンラインのコンテンツに落とし込めていないので、メディアの編集制作を通してオンラインでも100%その価値を伝えられるようになることを目指している」(緒方氏)。接触する人は選ばないが、接触した人は全員が購入するほど魅力が伝わるように。目標は「CVR100%」だという。

一方、アプリを持たないロクシタンの吉屋氏によると、日本に比べて海外はまだアプリの活用がブランドイメージ訴求程度に留まることが多く、本社へ打診を重ねるも実現していないのだという。「先のアプリを通した顧客と店舗との関係構築や、データ取得を考えると、私自身は推進したいと思っている」と吉屋氏。前述のオムニチャネル顧客の話に関連して、同社で現在進めているのは店舗とオンラインの顧客統合だ。これができて始めて、正確な顧客分析が可能になる。

日々の業務に追われがちな店舗スタッフに対しても、当初は「顧客統合」といっても伝わらず、店長会では「名寄せです」と説明。会員登録と名寄せが進み、オムニチャネル顧客を店舗でも把握できれば、接客次第で店舗の売上向上になることなどを解説し、理解を得つつある。顧客統合を通してユニークユーザーを把握すれば、顧客起点のアプローチができる。その結果、ECだけでなく店舗を含めてみても来店頻度や購入頻度がプラスになるため、「やはり顧客情報をしっかり把握した上で施策を打つことは効果がある」と吉屋氏は手応えを語る。

オムニチャネル推進も、顧客統合も、それ自体が目的ではない。テクノロジーの活用自体、そういえるだろう。店舗スタッフのアプリ活用を推進する川名氏は「データがつながっていくと店舗にもメリットがあり、ひいては顧客への還元になるとわかってもらえるといいと思う」と話す。

顧客に愛されるマーケティングとは

1時間を超える尽きないディスカッションも、終盤へ。最後に提示されたのは「顧客に愛されるために取り組むこと/嫌われないマーケティングとは」というお題だ。過剰なプッシュ通知や執拗なリターゲティングも、テクノロジーが進んだからこそ可能になり、結果的にブランド毀損につながる例も出てきている。テクノロジーへの向き合い方と使い方に、正解はあるのだろうか?

RIZAPで留意している点として、広告はある程度ターゲティングしているものの、基本的には店舗のトレーナーが会話を通して情報提供していることが挙げられる。一定時間、マンツーマンという貴重な場があるのだから、そこでトレーナーに「このゲストにはこの情報や商品は有益」と取捨選択することを委ねているのだ。「テクノロジーは、手段としては大いに活かせる。たとえば今、筋電位を用いてトレーニング効果を可視化するウェアを検討しているが、果たしてそれが顧客の望むことかは試してみないとわからない。早く試して次に行くことで、我々が目指す『期待以上の価値提供』の模索はできると思う」(澤本氏)。

テクノロジーの活用も、ほかのどのような施策も「ブランドの立ち位置を明確にし、それをどう伝えるかと考えるときに初めて選択肢に挙がるものではないか」と吉屋氏。ロクシタンではたとえば2016年にチームラボと組み、インスタレーション「Digital Provence Theater by teamLab」を実施したが、この企画も発端にあるのは「発祥の地である南仏プロバンスを感じてもらいたい」という思いだ。

緒方氏も「顧客にとって僕らの商品はまず『おしゃれな雑貨』『品質がいい、使い勝手がいい』といった直接的ベネフィットが下地としてあることが大前提で、工芸品かどうかはある意味で関係ない。あくまで、距離が近づきつつある顧客に少しずつ職人のがんばっている姿を伝えるということに気をつけている。距離感を間違えないということと徐々に近づくということは両立させることが大事」と話す。

今、マーケティングには多種多様な方法が出てきている。中には、昨年の商品はもう古いと演出したり、商品の必要性を恐怖感とともに煽ったり。そうしたことには嫌気がさしている、と川名氏。「自分がされていやなことはしない。もちろん、ここに登壇した4人はそれぞれ売上にも責任を持っているが、同時にもっと長期の目線も持ってマーケティングしていくことが大事」とまとめる。顧客に対するぶれない姿勢が、テクノロジーを使って新たな顧客体験を生み出せる根幹にあると強く印象づけたセッションとなった。



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