店舗とEC、テクノロジーと接客など、組織内での相互不理解が実現へのハードルとなることがあるオムニチャネル。出版、スーパーマーケット、カメラなど多くの業界を渡り歩き、常にその進化に尽力してきたのが、元キタムラ執行役員で現ローソンの逸見光次郎氏だ。「人間力EC」を標榜する氏が見据える、オムニチャネルの未来。
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ネットビジネスへの入り口は、誰もが平等に本を買えるようにしたいという思い
– 転職されて間もない中、お時間いただきありがとうございます。逸見さんはなぜキタムラからローソンに移られたのでしょうか。
キタムラを辞めて、ありがたいことに複数の会社からお声がけもいただいたのですが、日本でもっとオムニチャネルを進化させるにはどうしたらいいだろうと考えると、選択すべきは小売だと思ったんです。コンビニ業界に決めたのは、市場が大きくて改善の余地が残っている、可能性がすごく大きな業界だと思ったからです。
– これまでのキャリアを教えていただけますか。
学生時代に書店でアルバイトをするなど本が好きだったので、三省堂書店に入社しました。翌年に「Windows 95」が出たのですが、社会的にもビジネス的にも、インターネットで何かできないかという風潮が盛り上がっていたように思います。
元々パソコンには馴染みがあり、BASICなどはよく触っていました。そのためインターネットビジネスにも興味が湧き、ネットで本が売れないかと考えるようになりました。というのも、東京や大都市圏はいつでも好きな本が買えますが、地方では取り寄せになってしまったり、そもそもどんな本があるのかすらわからない状況なのです。その頃は検索もまだ一般的ではありませんでしたからね。
そんな折、ソフトバンクがインターネット書店を作るという求人広告を見かけました。これだと思って入った会社がイー・ショッピング・ブックス、今のセブンネットショッピングです。その頃のソフトバンクは、ソフトウェアの流通と書籍の出版を事業の柱としていました。孫社長の「これからはインターネットビジネスだ」の号令で手を挙げたのがセブン-イレブンを築いた鈴木敏文さんのご子息である鈴木康弘さんです。
イー・ショッピング・ブックスは、当時としては非常に画期的なサービスでした。ネットで本を注文すれば近隣のセブンイレブンで受け取り可能。送料はかかりませんし、決済も店舗で済み、クレジットカードも不要のため学生でも利用できました。7年ほどの在籍期間でしたが、本当にいろいろなことをやらせていただき、自分では20年ぐらいの学びを得たと感じています。その後、アマゾンジャパンを経て2007年にイオンに入社し、ネットスーパーの構築に携わりました。
– その後、キタムラに移られるのですね。
入社したのが、2011年1月1日です。キタムラには当時、スタジオを含めると約1,300の店舗があり、インターネットの力を使ってお客様をどう連れてくるのかが、私に与えられた課題でした。
カメラのスペックや価格は、ネットで誰でも比較できます。しかしそれが本当に自分に合うカメラかどうかは、わかっていないことが多いんです。そんな時、キタムラの店員がお客様にうかがうのは、どんな写真を撮るのかという点。鉄道の写真なのか、家族の写真なのか、風景を撮るのか。それによってカメラもレンズも変わりますし、スペックだけでは判断できないのです。
アプリにはシンプルさも重要。数字の「見える化」でチームは団結する
– 以前、メガネスーパーの川添さんのお話を伺った際に逸見さんのお名前が出ました。アプリ開発において、キタムラさんの影響を強く受けられたと。
今のアプリはいろいろなことができるようになってきていますが、特に最初はシンプルな方がいいのではないか、というのが私の持論です。多機能なひとつのアプリに必ずしも集約する必要はなく、シンプルだからこそ直感的に使える、という需要もあるのではないでしょうか。それはキタムラで作ったアプリにも反映されています。
– アプリの導入を、周囲にどのように説明されたのでしょうか。
会社や経営陣を説得する際に最も重要なことは、売上や効果を「見える化」することです。経営者が考えていることは、投資対効果。たとえば、店頭で購入いただいた注文がEC経由だったのなら、そのサポートした部分をわかりやすく提示することです。私はEC事業の数字を営業会議で毎週報告しました。すると、ECの利益構造を徐々に理解してもらえるようになり、アプリの重要性も伝えることができました。
数字を見える化すると、社員も一丸となります。店舗のカメラバイヤーもECの担当も、「どうすればカメラが売れるか」という同じ方向を向くからです。それに、トップから会社の内外に向けて、継続的にメッセージを出し続けてもらうことも重要です。アプリという道具は、会社に絶対に必要だと。
というのも、これは自戒も込めています。年賀状のプリントアプリという企画が出た際、私はいくらなんでも年賀状をスマートフォンで作る人はいないだろうと思い、却下しかけました。担当者が食い下がってくれたので良かったのですが、結果的に年賀状のスマホ注文が増えました。自ら進めていたスマホファーストの力を見くびっていたと反省しています。
デジタルとアナログの融合こそが「人間力EC」。アプリはビジネスに必要不可欠
– 逸見さんが考える理想のオムニチャネルを教えてください。
これはアプリに限ったことではないですが、スタッフは自分たちが本当にいいと思ったものは、お客様にも自信を持って勧めます。しかもそれが、会社からの評価にもつながるのなら尚更です。アプリの評価指標にダウンロード数がよく用いられますが、利用してもらわなければ意味がありません。それが本当にいいもので、その魅力をデジタルだけで伝えることが難しいのなら、店頭で勧めればいいんです。お声がけして、必要性を理解してもらい、インストールしてもらえば継続的に使っていただける。アプリは商売の道具として絶対に使わなければいけないものです。一日のうち、これだけ長く接しているわけですから。
– それが逸見さんが標榜する「人間力EC」に関わってくるのでしょうか。
個人的にアナログにこだわっているのは、デジタルだけではすべてが解決しないと考えているからです。たとえばアパレルなら、自分の趣味趣向を知っているこの店員さんから買いたいといったように、販売員とお客様の距離が近いですよね。
人手不足が叫ばれる昨今、小売業界もその例外ではありません。販売員の数が減少していく中、遠隔地でも接客ができるといったことは非常に重要になってきます。アプリというとエンターテイメントのイメージが強いですが、業務用にも需要はあると思っています。
– 事業者はもっと自分たちの強みを活かすべきということでしょうか。
アプリはそれを補うためにあると思います。今すぐ買いたい、でもアドバイスも欲しい。いつもの店員さんに相談ができたら、すぐにでも購入しますという人は多いはずです。アパレルや百貨店はそういう資産をたくさん持っており、それこそがブランドではないでしょうか。
今後は動画が主役に。サービス提供者はスマホから設計すべき
– 今後注目している分野を教えてください。
去年の9月に、世界最大級のデジタルマーケティング・カンファレンスである「DMexco(Digital Marketing Exposition & Conference)」に行ったのですが、セッションに登壇していたTwitterやFacebookの関係者が口を揃えて語っていたのが、これからは動画をどう見せていくのかが重要だということ。ブロードバンド環境が普及して動画が当たり前になると、サービスの考え方が変わっていくのだろうと感じました。
また、スマートフォンに関して思うのは、これだけスマホファーストと言われているのに、サービス設計をPCから始めるのはもうやめるべきではないかということ。オフィスでデスクに座りながら考えるのではなく、スマートフォンを触りながら使う人のことを思う。今後はその姿勢が重要になってくるのではないでしょうか。
プロフィール:
株式会社ローソン マーケティング本部 本部長補佐
逸見 光次郎
1994年三省堂書店入社。誰もが同じ価格で本が買える世の中にしたいと、1999年にイー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)の立ち上げに参画。アマゾンジャパンを経て、2007年にイオンに入社後は、ネットスーパー事業の立ち上げとグループのネット戦略構築に携わる。2011年から6年間在籍したキタムラでは執行役員兼EC事業部長を務め、約1,300の店舗網を活用して、EC関与売上419億円を達成した。店舗とネットの更なる融合「人間力EC」を推進した。
ローソン公式サイト:http://www.lawson.co.jp/