【MMU2019レポート】機能より情緒的な価値を。さとなお氏が徹底解説する、ファンベースマーケティング成功のコツ

商品の飽和、超高齢社会、人口減少・・・様々な要因が絡み合い、今は多くの企業にとって新規顧客獲得が厳しい時代だ。

とはいえ、新規顧客を増やさなければ事業は成長しない。人口が減り、シュリンクしていく日本市場のなかで企業は厳しい戦いを続けなければいけないのか。

その状況に対し、佐藤尚之(さとなお)氏は1つの解決策として「ファンベースマーケティング」を提唱する。
新規を直接獲得しにいくのではなく、まずは既存顧客のロイヤリティを上げ、最終的に新規獲得に繋げるマーケティング手法だ。

2019年4月12日、Yappli主催の「Mobile Marketing Update 2019」基調講演で、佐藤氏にファンベースマーケティングの必要性と成功させるためのコツを解説していただいた。

佐藤尚之氏 プロフィール

コミュニケーション・ディレクター

株式会社ツナグ代表。株式会社4th代表。

復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。

大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。

朝日 広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。

佐藤氏はもともとは広告畑出身で、新規をいかに獲得していくかを30年間考えてきたという。
新規獲得に従事してきた佐藤氏がなぜ既存顧客にフォーカスする「ファンベースマーケティング」にたどり着いたのか。

今回の講演で、佐藤氏はファンベースに関する3つのトピックを紹介した。

  • なぜファンベースを始める必要があるのか
  • ファンベースで大切にするべきポイントはどこか
  • ファンベースは何から始めればいいか

ファンベースマーケティングは、もはややらざるを得ない

なぜファンベースをやるべきなのか。佐藤氏は、根拠として「時代・売上・類友の力」の3つを提示した。

佐藤氏

人口減少、高齢社会、若年層の物欲減少、独身増加、超成熟市場・・・今、日本はマーケ ットが急速に縮小する時代を迎えています。そのなかで新規を取り合いするのはもはや修羅の道。

あえてそのような厳しい場で戦うよりも、既存のお客様、特にすでに企業やブランドや商品を愛してくれているファンに寄り添い、買い続けてもらうほうがよほど効率的だと思います。

売上的にも既存顧客の存在感は大きい。業績の良い企業はパレートの法則(20%の顧客が80%の売上を支えている)に当てはまる傾向にあるという。
大体、イケてる企業はパレートの法則に当てはまっている。

佐藤氏

ファンは必ずしも増やさなくていい。いまいるファンと関係を維持することで売上を増やすことができます。

たとえばマス広告などを打って新規に1つ買ってもらうのではなく、ファンとの絆を深めてファンにもう1つ買ってもらう。

そのほうがずっとコストは安いし、そのファンがクチコミ源にもなる。20%のファンの LTV を上げにいく方がビジネス的に正解ではないでしょうか。

3つ目の根拠である「類友の力(ホモフィリー)」については、感覚的に理解できる人が多いかもしれない。

情報も商品も溢れ、チャネルも多様化した今は、とにかく「伝わらない」時代だ。マス広告を打っても必ずしもターゲットに触れられるわけではない。SNSでバズを起こしてもすぐに忘れられてしまう。

では、どうやってターゲットにリーチし、自社の情報を伝えればいいのか。
自分が何かを購入する時に立ち返ってみると、正解が見えてくる。

佐藤氏

自分がモノを買う時、どのような基準で選んでいますか?友人からのおすすめを聞いて買うことが多いのではないでしょうか。

エデルマンの調査によると、企業やインフルエンサー、専門家ですらも、友人や家族からのおすすめには勝てないんです。身近な人からのレコメンドが1番強力な購入動機になるんです。

ただ、冷静に考えると家族や友人は特に情報通でも目利きでもない。それでも専門家よりも購入動機を強める要因はどこにあるのか。

佐藤氏

身近な人は価値観が近いからです。同じような属性や価値観を持つ人とつながろうとする人間の傾向のことをホモフィリーと呼びます。同質性ですね。「似た者同士」とか「類は友を呼ぶ」と同じ意味です。

つまり、人は似た者同士や類友からとても影響を受けやすいんです。価値観の近い友人が愛用しているものは、おそらく自分も気に入る可能性が高い。そこが購入の強力な羅針盤になります。しかも、その友人がファンで、ある商品を熱心におすすめしてくれれば、それは最強のレコメンドになる。

つまり、自社の熱狂的なファンは、周りの新規顧客を連れてきてくれるわけです。

USPが陳腐化した今、機能ではなく情緒で勝負する

ファンベースを始めるべきだと感じた担当者は、成功させるために以下の3つのポイントをおさえておこう。

  • 良いところを伸ばす
  • 機能価値より情緒価値
  • Through the Community

「良いところを伸ばす」のは、ファンベースの中核になる考えだ。

サービスを改善するとき、アプローチ方法は「まだ顧客になっていない人のために改善する」のと「既存顧客により気に入ってもらうために改良する」の2種類に分けられる。ファンベースは後者のアプローチだ。

佐藤氏

ファンベースマーケティングというと、とにかくファンを増やそうと捉えられがちなのですが、間違いです。今いるファンを大切にする施策です。

なので、今ファンではない人の”ツボ”に合わせようとしてはいけません。ファンじゃない人に合わせると、今のファンが離れてしまう可能性がある

ファンを増やそうとすること自体は間違いではないが、最初にやるべきではない。まずは既存ファンを大切にし、彼らが気に入っている部分をより伸ばしていくことに注力する。

そして、良いところを伸ばすのであれば、機能ではなく「情緒」的な価値を重視したい。

超成熟市場の今、USP(独自の売り)はすぐに陳腐化する。
iPhoneほどの革新的な商品でさえ。数年で他社に追随され、追い抜かれている現状を見ると、納得できる話だろう。

先行商品は、優れていれば優れているほど後発に研究され、追随される。挙げ句、付加価値をつけたうえでより安価に売られ、自社商品は陳腐化する。

機能的な価値は、必ず陳腐化する。機能を気に入っているユーザーは、より高機能な製品が出ればすぐに乗り換える。
であれば、ファンをつなぎとめるには、「感情」に訴えかける要素が必要だと佐藤氏は語る。

佐藤氏

機能価値はコピーできるけど、情緒価値はコピーできない。機能ではなく、感情でファンにすることを考えましょう。

“共感・愛着・信頼”の更に上をいく”熱狂・無二・応援”してくれるようなファンを獲得するんです。

ファンベースを成功させるためのポイントとしてもう1つ、重要なのが「Through the Community」という概念だ。

アメリカの社会学者マーク・グラノヴェッター氏が提唱するSWT(The strength of weak ties、弱い靭帯の強み)理論をご存知だろうか。

人は、家族などの強いつながり(共通の知り合いが多数いるコミュニティ)と、弱いつながり(自分たち以外に知り合いがいないコミュニティ)を持っている。閉塞的になりがちな強いつながりよりも、弱いつながりから得られる情報の方が価値が高いとするのが、SWT理論だ。

佐藤氏

基本的に、情報はコミュニティ内で循環しますが、人は複数のコミュニティに属しています。 あるコミュニティで流通した情報は、人を介して他にも共有される可能性が高い。

そのように、コミュニティを超えて情報が広がっていくことを、元AWS(Amazon Web Services)の小島英揮さんの言葉ですが、「Through the Community」と呼んでいます。
情報伝達というと、ツリー型に広がっていくイメージが強いかもしれませんが、コミュニティを考える場合は面で広がっていくイメージで考えた方がいいでしょう。
基本的に、情報はコミュニティ内で循環しますが、人は複数コミュニティに属しています。あるコミュニティで流通した情報は、人を介して他にも共有される可能性が高い。そのように、コミュニティを超えて情報が広がっていくことを「Through the Community」と呼んでいます。

情報伝達というと、ツリー型に広がっていくイメージが強いかもしれませんが、コミュニティベースの場合は面で広がっていくと考えた方がいいでしょう。

例えば、家族や友人からおすすめされて購入した商品をとても気に入ったとしよう。商品の良さを家族や友人だけでなく、職場や趣味仲間にも広めたくならないだろうか。そのように、情報は1人の人間を介して様々なコミュニティに共有され、広がっていくわけだ。

類友が、自分のコミュニティに広めたくなるような熱量を持てるかどうかが「Through the Community」を実践できるポイントとなる。

予算をかけず、小さく始めてみる

いざファンベースを始めるとなった場合、まずは何から取り掛かればいいのか。

佐藤氏

まず、ファンと会って傾聴してください。 先程、重要なポイントして“良いところを伸ばすべき”とお話ししましたが、そもそもファンが何を良いと思っているのかを知らないと、どこを伸ばせばいいかわかりません。

最適な手段として、佐藤氏はファンミーティングを勧める。 ちなみに「ファンイベント」で終わってしまっているファンミーティングが多いが、それではダメだという。ファンイベントは企業側の一方的な情報発信がメインコンテンツとなるからだ。ファンの声を傾聴しないと意味がない。 それならアンケートやグループインタビューでも良さそうだが、それらも適していないという。

佐藤氏

ブランドや商品のどこを愛しているのかって、意外とファンの中でも言語化できていないものなんですよ。ファンのツボを言語化するためには、ファン同士を会わせて盛り上がってもらうのが一番なんです。

熱量が高いファン同士であれば、密度の高い会話ができる。加熱し、加速してファン同士で盛り上がってくると、どんどん言葉が湧き上がってきます。そこに耳を傾けましょう。その中に、ファンの本心が隠れていることが多いです。

ポイントは、辛抱強く雑談に耳を傾けることだ。グループインタビューのように企業側が仕切ることなく、ファン同士の自然な会話を引き出す。

ファンミーティングを開催する際は、人選も大事だ。本当に自社のファンなのかどうか、見極めるための工夫をするべきだという。
1つの手段として、ファンミーティングの参加ハードルを上げてみるのもいいだろう。
例えばカゴメは、平日昼間に、自腹で、那須塩原の工場まできてもらうファンミーティングを開催した。これほどハードルの高い条件でも応募してくるのは、ほぼ間違いなく熱狂的なファンと言えるだろう。

佐藤氏

ファンミーティングを実施する際、特に予算をかける必要はありません。

まずは自社オフィスを会場にすればいいし、募集人数も少なくていい。まずはファンがどのような人なのかを理解するために動き出しましょう。

まとめ

ファンベースマーケティングは、ファン同士が会話する場を設け、彼らのインサイトを言語化するところから始まる。大規模な広告予算は必要なく、やり方次第ですぐに始められるだろう。一方、ファンを理解するためにそれなりの「時間」を投資する必要がある。

彼らが何を欲しているのか、何に不満をもっているのかをしっかり理解し、彼らの要望に応える。

変化の激しい時代で、どんな状況になってもついてきてくれるファンがいる。これ以上心強いことはない。生存戦略の一環として、多くの企業にとってファンベースマーケティングは無視できない領域だろう。

その他のMMU2019レポート

【MMU2019レポート】OWNDAYS田中氏とハヤカワ五味氏が語る、新時代のブランドコミュニケーション
非公開: 【MMU2019レポート】ファンマーケティングを実践する3社に聞く、ファンとの距離の縮め方