必要とあればアナログに徹する 〜ファンマーケティングとテクノロジーの関係性とは〜

近年、マーケティングの大きな潮流になっているのが、ファンを主軸にした「ファンマーケティング」だ。

2019年7月22日、Yappli主催の「Mobile Marketing Update 2019 in 大阪」で、ファンマーケティングを実践する小林製薬の福井氏、八代目儀兵衛の河野氏、チュチュアンナの池田氏が登壇。ヤプリでマーケティングスペシャリストを務める島袋をモデレーターに、どのように戦略を設計し、運用しているのかを披露した。

登壇者

小林製薬株式会社
通販事業部 通販マーケティング部 デジタルマーケティンググループ 課長

福井 貴啓 氏

オートバイの販売会社、EC事業者を経て、2006年に小林製薬入社。家庭用品事業のWEBプロモーションの担当をした後、サラサーティのブランドマネージャーとして新製品企画からプロモーションまでマーケティング業務全般に携わる。2011年より自社通販のオンライン担当となり、WEB広告、CRMなどの運用管理を行う。

株式会社八代目儀兵衛
通販事業部 クリエイティブ課

河野 みなみ 氏

広告代理店でのコピーライターを経て、大手カタログ通販会社で編集・Web担当を経験。「売るための」ビジュアル設計と制作に加えて、新規ブランドの立ち上げや社内の価値観の転換のための土台形成と運用を行う。新規案件への挑戦や前例にとらわれない活動により、計画・前年比を上回る売上げや集客を達成し続ける。
2017年より、京都の老舗米屋「八代目儀兵衛」にて、お米の新たな価値を提供するため奔走中。Web制作に関するディレクションからサイト設計、コピーライト、キャンペーンの企画運用やSNS運用などデジタル施策に携わる。戦略とコミュニケーションを主軸にマルチに担当。三ツ星お米マイスター。

株式会社チュチュアンナ
経営戦略室 兼 デジタルマーケティング部マネージャー

池田 雅春 氏

NECグループでのシステムエンジニア経験を経て、ChatworkにWebエンジニアとして入社。その後Webマーケターに転身し、SNS・ブログ・メルマガ・セミナー運用、データ分析業務等に従事。
シナジーマーケティングに転職後、CRMをベースにしたWebマーケティングのプロデューサーとして企業のビジネス拡大を支援。
また、マーケティングコミュニケーション部・部長として自社マーコム活動を統括。 デロイトトーマツコンサルティングに転職後、ITを活用した経営課題の解決を目的としたコンサルティングに従事。
2019年にチュチュアンナ入社後、デジタルマーケティング部マネージャーとしてデジタルマーケティング領域を統括。 また、Web領域だけでなく、店舗・物流等を含めた全社横断のデジタルシフトプロジェクトを推進。

モデレーター
株式会社ヤプリ
コミュニケーション本部 コミュニティマネージャー/マーケティングスペシャリスト

島袋 孝一

ファン「だけ」を大事にすることがファンマーケティングではない

セッション冒頭、島袋が3社にとってのファンとはなにか、ファンとどのように関係を構築しているのかと問いかけた。

小林製薬の場合、サプリやスキンケアなどのいわゆる単品リピート型のビジネスモデルを主軸としており、新規とリピーターの売上比率は大体3:7の割合で推移している。基本的にはリピーターを重視する施策を取っているが、絶対に忘れてはいけないのが「いかに新規顧客に繋げていくか」という意識だという。

小林製薬 福井氏

初購入の1年後に買っていただけている顧客がどれだけいるか(年度移行率)を計測しているのですが、毎年だいたい8割ぐらいで推移します。つまり、前年買っていただいた方の8割がリピートになるということですね。これが100%になることはほぼありません。

近年、ファンマーケティングが注目されていますが、注意したいのは既存顧客だけを大事にしても、売上が増えることはないという点。既存顧客を手厚くケアしても、特に単一カテゴリしかない場合は顧客単価が上がることはありません。事業成長させたいなら、新規顧客の増加が不可欠なんです。

本来のファンマーケティングは、ファンが新しいお客様を連れてくるところを含めたモデルであることを忘れてはいけません。

「ファンマーケティング」を表層的に捉えると「今いるお客様を大切にしましょう」というところで留まってしまうかもしれないが、最終目標はそこではない。新規顧客に効率的にアプローチできるのがファンマーケティングだという前提を忘れてはいけない。

その前提を踏まえたうえで、小林製薬では自社の特色を活かした独特のファンマーケティング理論を構築しているという。肝になるのは「おもてなしの禁止」と「親近感の醸成」だという。

小林製薬 福井氏

私のチームでは、“おもてなし”をNGワードにしています。おもてなしって、強力な思考停止ワードだと思うんです。私自身、おもてなしを重視する店で接客を受けたとき、違和感を感じることが多々あるんです。そこまでしなくてもいいのになとこちらが感じていても、向こうは自分たちが考える“おもてなし”をしてくる。でも本来、おもてなしってお客様に快い体験をしてもらうためのもの。お客様がどう感じるかが大事なのであって、自分たちのおもてなし行為を押し付けるものではないんですよ。

その思考に則って、小林製薬がやるべきことが何かを考えたとき、親近感が重要だと考えました。わかりやすい商品名やCMから、小林製薬に対して親しみを覚える方が多い。それなら、親しみやすいコミュニケーションを実践し、顧客との関係性を構築していこうと考えました。

米の通販・飲食店事業を手掛ける八代目儀兵衛では、ファンの定義を広くとっているという。

当社の場合、購入単価や購入頻度でファンを定義していません。自ら人を巻き込んだ行動を起こしてくれる方をファンと定義しています。

たとえば、Webサイトに新規で訪問し、ギフト品を購入いただいた方もファンと定義しています。ギフト品ということは、近しい人に八代目儀兵衛を贈るということ。つまり、他者を巻き込んだ行動といえるので、新規ユーザーでもあってもファンと定義できます。

また、初購入後、「ここまでケアしていただいたのははじめてです」「送った方にとても喜ばれました」など、すごい熱量を持ったレビューを書き込んでいただける方が多いのですが、そうやって書き込んで頂けた方もファンと捉えています。商品の良さを自分以外の誰かにも伝えたいと思っていただけているからこそ、レビューを投稿していただけているはずなので。

八代目儀兵衛 河野氏

女性向け靴下・インナー・ウェア・服飾雑貨等の商品企画・小売・卸売事業「tutuanna」を展開するチュチュアンナは、顧客を対象に、ブランドへの愛着度を5段階に分けて調査。上位2段階の顧客を好意層=ファンと捉えている。ファンと関係性を構築していく上で、最も重視しているのは「信頼性」だという。

チュチュアンナ 池田氏

創業当初から、信頼関係の構築を重視しています。信頼関係の大切さは、どれだけテクノロジーが発展しても絶対に変わらない部分だと考えています。では、信頼関係を構築していくには何が大事なのか。当社では、良い商品・良い店舗・良いサービスの3つであると定義しています。

まず、お客様が感動する商品を作らなければいけません。チュチュアンナに対して“リーズナブルでかわいい”イメージを持たれている方が多いかもしれませんが、実は機能面もとことんこだわっており、質・デザイン・価格、全方面で“良い”商品を目指しています。

また、店舗づくりにもかなりこだわっています。重視しているのは顧客にとってのわかりやすさ。商品点数が多いので、商品を見つけやすい導線設計を心掛けています。Webにも同様の思考を採用し、バナー1つ取っても緻密にPDCAを回して改善しています。

最後に、良いサービスですね。アパレル接客にありがちな、過剰なコミュニケーションを行わないようオペレーションを心がけています。
お客様が望む適切な接客を目指すという考えは、Webにも適用しています。ECに訪問した瞬間にポップアップ画面が開いて、いきなり商品を売り込まれるのは嫌ですよね。訪問した後、どのタイミングで接客すればいいのか、店頭の心地良い接客をいかにWebで再現できるかを模索しています。

ファンと関係構築したいなら、まずは自社と顧客の理解から始める

では実際、各社はファンに対しどのようなコミュニケーションをとっているのか。

小林製薬は、親しみやすさを醸成するために、社員の顔や名前を積極的に露出し、「企業対人」ではなく「人対人」のコミュニケーションを行う。

小林製薬 福井氏

当社の場合、ダイレクトメールや注文完了ページなど、顧客の目に触れるところにできるだけ社員の顔や名前を出すようにしています。

やはり、Web、リアル関係なく、人を相手にしていることを忘れてはいけない。池田さんもおっしゃっていましたが、Web上だとリアルではありえない応対が行われがちですよね。

たとえば、わかりやすいのがお誕生日メール。顧客の誕生日を祝うメールなのに、いきなり◯◯円以上購入で◯◯プレゼントと、購買をすすめるようアプローチするのは違うなと。

正直、当社でもそのような施策はやっていたのですが、直近は誕生日に社員が登場するドラマ風動画をメールで配信しています。DMなどあらゆる場所に社員が登場しているので、よく見て頂けている方ほどすぐ「あの人だ!」とわかってもらえる。知っている社員が登場すると、自然と見ていただける確率も高くなる。

顧客向けに、動画に関するアンケート調査を実施しているのですが、評判も上々です。

誕生日メールは、会員登録しているサービスから一斉に送られるため、埋もれてしまう確率が高い。他社のメールに埋もれないようエッジを立たせるという意味でも、見慣れた社員が登場する動画配信は有効な手段だと言える。

八代目儀兵衛では、自社の強みを軸に、アナログかつプロアクティブな関係構築を実践している。

当社の場合は、強みを活かした関係構築を実践しています。当社の強みは3つ。企画力、食味の追求、おもてなしです。

当社の商品は、人生の節目で使えるだけのインパクトやストーリー、期待値などの企画力を持っています。

2つ目の”食味”について、耳馴染みの少ない方が多かもしれません。旨みや味わいのことを指す言葉で、”お米って美味しいんだ”と思ってもらえるような食味を追求しています。たとえば、当社の社員は年1000回以上のお米を食べ比べていますね。お米って、夏場は味が落ちてしまいがちなのですが、年間通しておいしいお米を食べられるよう研究を重ねています。

3つ目のおもてなしについては、かなりアナログな施策を取っていて。ECサイトに入る全注文を目視で確認しています。何のために目視しているかというと、より良いギフト体験を提供したいから。たとえばに贈り物をするとき、仏滅を意識する方っています?ネットからの注文だと、スピード優先で仏滅を意識する方はそれほど多くないんですよね。そこで私たちから仏滅を避けて配達しませんかと提案する場合があります。あくまで提案なので、もちろん決めるのはご注文者様です。

また、ギフトにどのようなメッセージを書けばいいかわからないと相談されることもあるので、カスタマーサポートチームが一緒に文章を考えることもありますね。

八代目儀兵衛 河野氏

ここで掲げられている「おもてなし」は小林製薬の福井氏が禁じているという「おもてなし」とは意味合いが異なるようだ。

八代目儀兵衛が実践するのは、福井氏も理想として掲げる「顧客にとって心地よい体験」を提供する本質的な「おもてなし」と捉えられる。

また、ギフト用品ならではの特性を活かしたコミュニケーションサイクルを形成している。ギフトは1回の注文につき、注文者と届け先という2つのステークホルダーが存在する。双方に満足してもらうことで、一度に2名のファンを獲得できるわけだ。

八代目儀兵衛では、お届け先から注文者様が評価されて初めてギフトが成立すると考えています。幸い、注文者様からは「今までなに贈っても無反応だった方が、わざわざ感謝のメールを入れてくれた」というお声をいただくことが多くて。そのようなお声が入ると、注文者様の、当社に対する評価も高まります。

また、お届け先から当社に直接感謝のお言葉をいただくことも多いんです。感謝のお言葉をいただけた時点で、注文者様、お届け先双方がファンになったと言えますし、やはり贈る側も贈られる側にも喜んでいただけるのが理想ですよね。

八代目儀兵衛 河野氏

顧客とコミュニケーションするとき、どのようにやるのかという方法論から考えるのではなく、まず自分たちの強みを理解し、それをベースに関係構築を設計するべきだと河野氏は力説した。

チュチュアンナの場合、消費者の共感を伴うストーリー性を意識したキャンペーンを実施。単なる値下げキャンペーンではなく、エンゲージメント向上に寄与する施策を実践している。

チュチュアンナ 池田氏

CRMにおいてはコンテンツ×タイミング×チャネルの最適化を意識しています。どのようなコンテンツを、いつ、どのチャネルで流通させるのか。

直近では、SNSと店舗の2つのチャネルを連動させたキャンペーンを実施しました。よくある、会員限定10%オフみたいなキャンペーンだと、ストーリー性がなくてつまらないんですよね。なので、今回「チュチュ子」というキャラクターを作り、「運命のデート大作戦」というストーリーを構築しました。RTされるたびにチュチュ子がデートへ向けてどんどん素敵な女性になっていくというストーリーで、RTするとプレゼント応募ができるうえ、店頭でRT画面を見せると「運命のブラ」シリーズが20%オフで購入できる仕組みにしました。
結果、RT数はこれまでのキャンペーンの3倍の10,000を超え、総インプレッション数は670,000に到達しました。

また、顧客接点となるプラットフォームを構築するため、アプリ開発に踏み切りました。店頭で購入いただいた方にアプリDLを促し、アプリからECの案内やオウンドメディアのコンテンツを紹介しています。1年半前にリリースし、先日200万DLを突破しました。顧客接点として、とても重要なチャネルに成長しましたね。

アナログに徹するも、最新テクノロジーを積極活用するも全てはファン次第

最後、島袋はセッションのテーマにも掲げられているテクノロジーに言及。各社が掲げるファンマーケティングを実践するために、どのようなテクノロジーを活用しているのかを聞いた。

小林製薬では、マーケティングの最先端を行く「パーソナライズ動画」を、驚くほどアナログな手法で作成していた。

小林製薬 福井氏

大事なのは、手間を惜しまないことです。顧客向けのアンケートを取ると、誕生日をお祝いする動画で「名前を呼んで欲しい」との声が多数あったんです。

なので、お誕生日動画には、「◯◯さん、お誕生日おめでとうございます」と、社員が顧客の名字入りのメッセージを伝えるようにしました。どうやって作ったかと言うと、全国の名字ランキングで上位100個を選出し、名字100個分の動画を作成したんです。さすがに全ての名字を網羅するのは無理なのですが、全体の3割に名前入りの動画を送れるだけでも違うなと判断しました。

お察しの通り、このパーソナライズ施策では、テクノロジーはほとんど使っていません。動画を出し分けするところぐらいですね。このように、お客様に喜んでもらうためなら、特別なテクノロジーを使う必要はないんですよね。あくまで手段の1つです。

ECの注文を全て目視で確認する、アナログな手法で顧客との関係構築を八代目儀兵衛は、一方でInstagramでのUGC生成というSNSマーケティングの本質を突いた施策に取り組む。

当社のファンであるアーティストの方々を巻き込み、Instagram上に当社独自の世界観を構築しています。

2018年3月からInstagram運用を開始し、これまでに12,000件を超える投稿が集まりました。
個人的には、SNS運用とは公式アカウントを大きくすることではなく、自分たちが理想とする世界を構築していくことだと思うんです。自社アカウントのフォロワー数を増やすのではなく、私たちに共感していただいた方にいかに投稿してもらえるかを重視るべきかなと。

たとえば直近だと、「#ありがとうをつたえましょうキャンペーン」を実施しました。ギフトにキャンペーン告知のチラシを入れて、ギフトを贈られて嬉しいと感じた方にハッシュタグ付きの投稿を促します。投稿していただくと、ギフトを贈られた側だけでなく、贈った側にもお米が当たるチャンスを得られるんです。

八代目儀兵衛 河野氏

店舗がユーザーコミュニケーションの起点となるチュチュアンナでは、店舗のデジタルシフトを強化。店舗におけるユーザー行動をデータ化し、既に成果を得ているという。

チュチュアンナ 池田氏

小売の世界は感覚値に頼りがちなんですが、当社はそこから脱したくて店舗内のユーザー行動を可視化するシステムを導入しました。実店舗版のGoogleアナリティクスのようなものですね。店前通行人数、入店数、購入数、エリア滞在人数などの行動をデータとして取得できる状態にしました。それらのデータを元に、店内導線やスタッフのシフトを最適化し、売上向上に成功しました。

当社が目指すのは、テクノロジーとファッションの融合。ファッションという文化を紡いでいくための手段としてテクノロジーを活用していきたいですね。

まとめ

マーケティング界の第一人者であるフィリップ・コトラー氏が2016年に発表した『Marketing 4.0: Moving from Traditional to Digital』(邦題:コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則。日本では2017年に発売された)では、推奨者獲得を目的にマーケティング戦略を設計するべきだと語られている。推奨者とは、自社商品を自発的に他社に薦める顧客を指す。

また、コミュニケーション・ディレクター佐藤尚之氏は、自社ファンのロイヤリティを向上し、新規顧客獲得に繋げる「ファンベースマーケティング」を提唱している。

言葉は異なるものの、両者の論理構造は同じだ、あらゆる市場が成熟し、新規顧客の獲得が難しくなった今、新規獲得にコストを割くよりも、既存顧客との関係構築を重視する。ロイヤリティが向上した既存顧客はファン化し、友人知人に商品を推奨する伝道者となり、結果的に新規顧客へのアプローチにつながる。

今回登壇した3社は、ファンマーケティングの本質を理解し、自社に合わせた手法に落とし込んでいる。

重要なのは、成功例を模倣するのではなく、自社に合ったファンマーケティングとはどのようなかたちなのかを考える点にある。

まず自社の強みを認識し、顧客の特性を理解すれば、自然と何をするべきかが見えてくるはずだ。