301年目のスタートアップ。中川政七商店がデジタルマーケティングに舵を切った理由

September 21, 2017
約 1 分

創業1716年(享保元年)、今年で301年目を迎えるという老舗中の老舗、中川政七商店。奈良での高級麻布の製造販売から始まった事業は、13代目となる現社長を迎え急拡大。ITやWebの世界にも積極的に進出するその姿は、「301年目のスタートアップ」と形容される。

その中川政七商店にてデジタル部門を一手に担っているのが、執行役員でありCDO(Chief Digital Officer)の緒方恵氏だ。今回は、株式会社ヤプリ エバンジェリスト 金子洋平が、老舗ブランドのデジタル戦略について話を伺った。

iPhoneの登場でバイヤーから転身。デジタルマーケティングに可能性を見る

金子 はじめに、緒方さんのご経歴を教えていただけますか。

緒方 前職の東急ハンズには新卒で入社しました。当初はバイヤーをしており、主に照明器具を扱っていました。確か2009年頃だったと思いますが、当時の携帯電話のアクセサリー売り場はフィーチャーフォンのストラップが全盛でした。しかし前年には国内でiPhoneが発売されたこともあり、スマートフォン関連製品の品揃え拡充が急務ということで、社内でバイヤーを募っていたのです。私はiPhoneを発売直後に購入しており、その可能性も感じていたので、それに手を挙げました。結果的に、それがWeb/テクノロジーの世界に入ったきっかけになりましたね。

金子 元々IT畑ではなかったのですね。それでは、いろいろとご苦労も多かったのではないでしょうか。

緒方 最初はネットストアの運営担当だったのですが、それまではバイヤーの経験しかありませんから、本を読んだりセミナーに行ったり、勉強が大変だったのを覚えています。ただそれは決してやらされていたわけではなく、遅まきながらWebの可能性に気付けたことの喜びの方が大きかったです。身近にチャレンジ精神旺盛な上司と先輩がいたことも大きな影響がありました。それと、それまで店舗で働いていた立場から最も衝撃的だったのが、Webでは詳細なデータが手に入ることでした。購入に至ったのが何人で、離脱されたのが何人で、いつどこで離れてしまったのかなど、店舗では絶対に分からない情報を知ることができるのだと知った時は、これは面白いと思いましたね。

それからは、当時の会社に足りていなかったデジタル施策をまとめて上司にプレゼンし、ネットストアの拡充のみならず、POSやスマートフォンアプリに至るまで手を広げ、独立したチームを組織するまで手掛けました。自分の中で一区切りを感じたため去年退職させていただき、ご縁があって今の中川政七商店に入社しました。

金子 iPhoneの登場は本当に衝撃的でした。転職されてちょうど一年ほどかと思いますが、環境の変化や感じたことなどはございますか。

緒方 最も大きいのは、商品を仕入れて販売する事業形態から、自社で作って売る形に変わったことです。自分たちで作りたいものを作れることはもちろん、お客様の動向を見ながら「次はこれを作ろう」といったことも決められるのは、これまでとコミュニケーションの仕方がまったく変わったと感じます。マーケターとしては、商品を開発した人や経緯など、それに至ったドラマを語りたいという欲求があるのですが、それが実現できましたね。

日本の工芸の素晴らしさに、アプリを通して触れてもらいたい

金子 緒方さんは、入社されてすぐに「さんち ~工芸と探訪~」というメディアを立ち上げられました。これはどういった経緯なのでしょうか。

緒方 我々は「日本の工芸を元気にする」というビジョンを掲げているのですが、メディアを始めたのも、工芸に対する知名度、認知度を上げることが目的です。工芸の世界は多くの職人たちによって支えられていますが、高齢化が大きな問題となっています。彼らが引退すると途絶えてしまう工芸は数多く存在するため、この世界に興味を持っていただく、関わりたいと思ってくれる人を増やす必要があります。他にも、地方で博覧会を行ったり、合同商談会を開催したり、コンサルティング業に力を入れたりもしているのですが、それもすべて工芸を元気にしたいという思いからです。

金子 「さんち ~工芸と探訪~」は、写真のクオリティーにとてもこだわりを感じます。モバイルやSNSが一般的にも浸透した現在ですが、やはり写真は重要なものでしょうか。

緒方 そう思います。スマートフォンは、旅行の仕方すら変えてしまったように思えますね。ユーザーによっては「ここで自撮りしたい」という発想から旅行先が決まる場合もあるわけですから。ただ一貫しているのは、良いものを体験し共有したいという思いではないでしょうか。自分が良いと感じるものに共感してもらいたいという欲求、願望と言い換えてもいいかもしれませんが、世の中の大きな流れとしてあるように思います。

金子 「さんち ~工芸と探訪~」は、アプリ化もされています。EC機能があるわけではなく、基本的には読み物中心のオウンドメディアですが、なぜアプリにされたのでしょうか。

緒方 「さんち ~工芸と探訪~」は、その名の通り全国各地の「産地」を紹介するサービスですが、ただ読み物として楽しんでもらうだけではなく、実際に足を運んでもらうことを目標にしています。見て、知って、触ってもらうことで工芸の世界を身近に感じてもらいたいのです。

また、アプリならではの機能として「近くの読み物」というタブがあるのですが、さんちでは全記事に位置情報を埋め込んでいるのでこのタブを立ち上げると現在地から近い場所にある読み物が並んでいる状態になります。記事を読んで面白い!となった時に「こんなに近くなら行ってみよう」という行動をここで後押ししたい意図があります。それから「旅印帖」という機能を搭載していますが、これは実際に産地を訪れた際にスタンプが押される「御朱印帳」的な役割を担っています。これも、アプリだからこそ可能なコミュニケーションだと思っています。あとはやはりプッシュ通知ができるという強みは圧倒的です。

金子 確かにそういったアプローチの仕方は、Webだと難しいかもしれませんね。

緒方 正直に申し上げると、私も当初はオウンドメディアをアプリにする必要があるのかなと感じていました。しかし蓋を開けてみると、現在PV合計の4分の3はアプリ経由です。さんちの場合は「毎日1記事公開」というリズムがあるので、それを認識したコアユーザーから徐々にアプリに移行してくださっている印象です。アプリで一番難しいのが高頻度でアプリを立ち上げる理由付けですが、そう言う意味ではこれは設計段階からあったのでそこはよかったなと。

課題に向き合い、解決すること。根本に立ち返ることが必要

緒方 私からも一つ伺ってもよろしいでしょうか。Yappliは一般的に「簡単にアプリが作れるサービス」と捉えられていますが、根本的な本質は、クライアントの課題に向き合う会社なのだと感じています。今後、そういったフェーズに深く入り込む予定はあるのでしょうか。

金子 おっしゃる通りで、我々はただアプリを提供しているだけではありません。いわゆる企業のマーケティングや販促の担当者の中には、ただアプリを作ること、デジタルマーケティングを始めることを目的としてしまう方も多々見受けられますが、それは本質的ではありませんし、最も重要なお客様をないがしろにしてしまっていますよね。

アプリを通じてお客様とコミュニケーションをした結果、どういったコンテンツやブランドらしさが求められているのか、なぜ自分たちが支持されているのかといった根本的な事実を知ることができます。企業やマーケティング担当者は、その根本に立ち返る必要があると思っています。当社ではそのために、導入後のフォローアップを行うカスタマーサクセスというチームも立ち上げました。彼らがお客様に話しているのは、例えばアプリのKPIはダウンロード数ではないとったことです。たとえ10万、100万というダウンロード数になったとしても、それがファンではなかったら全く意味がないんです。

緒方 そういった本質的な部分を突き詰められる環境を作らなければ、どんなマーケットであっても広げることは難しいのかもしれませんね。

プロフィール:
株式会社中川政七商店
執行役員CDO
緒方 恵

2005年東急ハンズ入社。 ECサイト運用から、デジタルマーケティング・ソーシャルメディア・新規デジタル施策開発などを横断的に担当する“何でも屋”として、さまざまなWEB/デジタル施策の開発及び運用を担当。 2016年5月末に東急ハンズを退職し、同年8月から中川政七商店に入社。 中川政七商店のWEB/デジタル領域全てを担当している。

中川政七商店オンラインショップ:http://www.nakagawa-masashichi.jp/
さんち ~工芸と探訪~:https://sunchi.jp/

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